パルシファル   − 聖杯の探求 −   縮小再話版



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  第2章  ヘルツェロイデ

     第二章 ヘルツェロイデ


ガムレットはベラカーネのもとを去り、
西方の国、
ヴァーレイスを訪ねた。

カンヴォレイスの町には
多くの騎士が集まっており
宿屋の壁には、
槍と楯がまるで商品のように
びっしりとならべてあった。

ヴァーレイスの女王ヘルツェロイデは
カンヴォレイスの町で槍試合を催すと告示していた。
集まった騎士の数から見て
恐ろしい戦いが繰り広げられることだろうと想像された。
それもそのはず、
槍試合の勝者に与えられるものは
ヴァーレイスとノルガールスの二つの国、
そして美しい女王ヘルツェロイデ自身であった。

ガムレットは戦場となる野原の一角
カンヴォレイス城の城壁の前に巨大なテントを張った。
辺りには熱気にあふれた静けさがただよい、
いつどこで戦いが始まっても不思議ではなかった。
ピリピリとした緊張感が張り詰めていた。

いとこのカイレトも参戦しており、
二人は心を一つにして戦うことを誓った。

緊迫する雰囲気の中に
ついに閧の声があがった。
戦いの始まりを待つことに焦れた騎士が、
あまりの緊迫感に興奮した騎士が、
あまりの緊張から生じる恐怖に耐えられなくなった騎士が、
草原で槍の一騎討ちを始めた。

これに触発された他の騎士も次々に戦いを始め、
前哨戦と思われた戦いが、
すぐにも本格的な戦いになりそうな様相だった。

ガムレットはゆっくりと甲冑を着け、
小姓たちが閧の声をあげると、
美しい馬に
ひらりと飛び乗った。

ガムレットは初めから、激しい戦いをした。
ガムレットの槍は次々と炸裂し
敵の騎兵隊をけちらし、
敵陣の深くに突きすすんだ。
有名な騎士や
身分の高い騎士を
次から次へと馬から突きおとし、
忠誠の誓いを立てさせた。
ガムレットの戦いは抜きんでていた。
誰もがガムレットの戦いに注目した。
誰もがガムレットの強さを認めた。

ガムレットが新しい馬を手に入れようとして
戦場から少し離れた場所に移動したとき、
ガムレットに使者が訪れた。
フランスの女王アンプフリーゼからの使者だった。

ガムレットとアンプフリーゼは
若いころから親しい間柄にあり、
いつも時をともに過ごしていたので
誰もが二人は結婚するものだと思っていた。
しかし、ガムレットにとっては
武勇を試し、戦うことの方が重要であった。
アンプフリーゼはガムレットをあきらめ、
フランスの王と結婚し、王妃となったのだ。

使者はアンプフリーゼからの手紙を渡した。
「女王様からガムレット様へのお手紙です。お読みください。」
 ガムレットは手紙を読んだ。
 『私、アンプフリーゼはガムレット様に愛を送ります。
  あなたの愛を受け取ってからは、
  あなたを忘れたことはございません。
  夫であるフランスの王とともに過ごした日々は
  あなたへの愛に苦しんだ日々でした。
  今は、王が亡くなり、その相続品はあなたの物になります。
  その約束として、
  どうか私からの贈り物を受けとってください。
  私の騎士になってください。
  その国の女王ヘルツェロイデ様よりも
  私の方が美しく
  私の方が豊かですから、
  私の方があなたの愛のお相手にふさわしゅうございます。
  私の愛と王冠を受け取ってください。』

これを読み終わったガムレットは
アンプフリーゼの愛と願いを受けとった。
新たな愛と剛勇の力が
ガムレットの身体にみなぎっていた。
再び戦いに戻ったガムレットは雄叫びを上げ
狂ったように戦った。
ガムレットの槍には
アンプフリーゼへの愛が乗りうつり
多くの騎士がガムレットの槍の餌食になった。

ところが、戦いも終盤に差しかかったころ、
アンショウヴェの領主が
ガムレットに近づいてきた。
ガムレットの祖国の紋章が入った楯を掲げていた。
楯は逆さまだった。
楯を逆さまにすることは
家族の訃報を示すしるしだ。

それを見て
ガムレットは意気消沈した。
ガムレットの兄ガーローエスが亡くなったのだ。

ガムレットは嘆き悲しみ、力を失ったが、
それでも気を奮いたたせて、
数多くの敵の槍を折った。
参戦した騎士の中でも随一の数だった。

夕闇が迫り
ガムレットは自分のテントに戻った。

ヴァーレイスの女王ヘルツェロイデの侍童が、
使いの者として、ガムレットのテントを訪ねてきた。

ガムレットは女王の好意に応えるべく
自分の高価な軍衣を侍童に与えた。
それは戦いのためにボロボロに切り裂かれていたが、
侍童はこれを女王ヘルツェロイデのもとに持ちかえった。

ヘルツェロイデは侍童から軍衣を受けとって言った。
「あぁ、なんと神々しく輝く、逞しい軍衣なのでしょう。
 ガムレット様の汗と血の匂いが私を釘づけにします。
 私は戦いに加わったすべての騎士の成功を祈っています。
 でも、ガムレット様の戦い振りが最高の栄誉に値するでしょう。」

ヘルツェロイデは、ガムレットこそ運命の人に違いないと思い、
すぐにガムレットのテントを訪れた。

そこにはガムレットの他に
ガムレットに忠誠の誓いをして捕虜となった
名だたる騎士が数人いた。

夕食はすでに済んでいた。
ヘルツェロイデがテントに入ると
ガムレットと捕虜の騎士たちは
立ち上がって挨拶をした。

ヘルツェロイデが歩く姿を見て
ぞろぞろと付いてきた騎士や司祭らも
テントに入ってきた。
ガムレットはヘルツェロイデに座るようにすすめて、
自分はヘルツェロイデの真向いに座った。

ヘルツェロイデはガムレットの姿を見て気にいり
手をさし出して、
自分の隣に座らせた。
「どうぞ、私の隣にすわってください。」
これを見て、他の者たちも腰をおろした。

ヘルツェロイデは美しかった。
もしガムレットの心に悲しみという重しがなければ、
すぐにでも愛の花が咲いたであろう。
しかし、ガムレットは重く沈んでいて、
栄光を勝ちとった騎士とは思えなかった。

これを見ていとこのカイレトが言った。
「女王ヘルツェロイデとその領国ヴァーレイスを獲得したのはあなたです。
 誰もが口々にそう言っています。あなたに敵う騎士はここにはいません。」

ガムレットは否定した。
「そんなにほめるものではない。」

ガムレットの重苦しい様子に不安を感じ
ヘルツェロイデに焦燥感が走った。
自分の思わく通りには、ことが進まないと思ったのだ。
ヘルツェロイデは、やや強引に甘いお願いの言葉を語りはじめた。
「ガムレット様。
 私はあなたに好意を向けています。
 私の気持ちを受けとっていただけますか。
 ここで戦いを開催し、ごほうびを用意しましたからには、
 そのごほうびを受けとっていただきとうございます。」

しかし、また別の邪魔が入った。
そこに居合わせたフランスの女王アンプフリーゼの使者が
すぐに、それを打ち消すかのように言った。
「いえ、それは困ります。
ガムレット様にふさわしいのはアンプフリーゼ様でございます。
アンプフリーゼ様はガムレット様に恋焦がれています。
誰よりもガムレット様を愛しています。
フランスの領土とアンプフリーゼ様は、ガムレット様、あなたのものです。
あなたは、何の支払いもなく、何の努力もなくして、
アンプフリーゼ様の美しく優しい愛が手に入れられるのでございます。
どうか、アンプフリーゼ様をお選びください。」

これを聞いてヘルツェロイデは
よそ者に邪魔をさせるわけにはいかないとばかりに、
当てつけるような態度をみせた。
ヘルツェロイデはカイレトの腰に手をまわした。
「そんなに傷だらけになって大丈夫ですか。」
そう言って、白く美しい手で
カイレトの顔や腕の傷を、優しくなでまわした。
ガムレットの嫉妬心を刺激しようとしたのだ。
「随分と勇敢に戦われたのね。
痛々しゅうございます。早く良くなりますように。」

カイレトはヘルツェロイデの叔母と結婚しており、
すでに二人は親戚同士になっていたので、
その立場を利用したのだ。

そして、ガムレットに向かって、言った。
「フランスの女王が、あなたに愛をささげようとしています。
でも、私の希望と立場もお考えください。
これから、この件について審判を受けるべく準備をさせていただきます。
判決が出るまで、ここを去らないでください。
去れば、私が恥をかくことになります。」

ガムレットは承諾した。
ヘルツェロイデは出て行った。

今やガムレットには、四つの苦悩という錨が重くのしかかっていた。
兄ガーローエスの死。
フランスの女王アンプフリーゼとの永きに渡る深い愛。
妻ベラカーネへの愛と恋慕。
美しい女王ヘルツェロイデからのごほうび。

しかし、ガムレットにとって最も重要だったのは、
戦いと武勇の誉れであった。
ガムレットは言った。
「私はベラカーネが恋しい。
事情を知らない人は、
彼女の黒い肌がいやで、逃げだしてきたのだと思っているだろうが、
そうではない。
あの肌は、私にとって、絹よりもここちよい慰めのぬくもりであり、愛しい花なのだ。
あの時は、妻の監視がきびしくて、好きな戦いに出られなくて不満だった。
騎士の戦いに出れば、満足すると思い、ここに来て、戦いをしてみただけなのだ。
私は妻が恋しいが、それ以上に戦いが好きだ。
そして、今はそれ以上に、兄ガーローエスの死が悲しい。」
ガムレットは悲しみに暮れて、泣き崩れた。
「男らしくして、泣くのは止めなさい。
尊い死を受けとめて、しっかりするのです。」と一人の騎士が言ったが、
激しいおえつがひびきわたり、
ガムレットの頬を、
滝のように流れる涙は止まらなかった。

翌日、ヘルツェロイデは見識のある騎士や司祭をつれて、再度ガムレットを訪ねた。
ヘルツェロイデは臨席する騎士たちの賛同を得るために、
ガムレットに自分の希望を述べた。
「勇猛な戦いの勝者となられたからには、
そのほうびとして、ヴァーレイスの女王を妻にしていただきとうございます。」
ガムレットは応えて言った。
「女王様。私には妻がいます。
私は妻を愛しています。
その他にもあなたの申し出に応じられない理由があります。」
ヘルツェロイデは言った。
「私を選んで、あの黒人の女を捨ててください。
異教徒とは手を切り、洗礼の秘蹟の力にしたがって、私を愛してください。
私はあなたへの愛で胸が高なるのです。
それともフランスの女王に私の邪魔をさせるのですか。」
ガムレットは言った。
「フランスの女王のお陰で私は教育をうけ、立派な騎士になれたのです。
若いころから仲が良く、今でも親しく思っています。
さらに、私は哀れな男です。
私の兄が死んでしまい、私の心は悲しみにあふれ、
愛を受けとる気持ちにはなれないのです。」
ヘルツェロイデは言った。
「これ以上、ひどい仕打ちをしないでください。
どうしてそんなに私の愛をこばむのですか。」
「あなたが招集した槍試合は行われなかったからです。」
「それは前哨戦の疲れで本試合が出来なかったからです。
しかも剛勇の騎士たちを、ここまでへこませたのは、あなたです。
ガムレット様。それほどあなたは強かったのです。」
「私がここで勇敢に戦ったのは、あなたの国のためです。
あなたのためではない。
私よりも立派に戦った騎士もいます。
どうかこれ以上責め立てないでください。」
「分かりました。陪審員の審判に委ねたいと思います。」

陪審員は時間をかけて審議を行い、審判を下した。
判決は正午に読み上げられた。
「騎士道にしたがって、槍試合を求めた騎士は、
勝利の誉れを得たならば、誰であろうと、
その主宰者の意向に沿って、
女王を妻としなければならない。」
するとヘルツェロイデは言った。
「これであなたは私のものです。
あなたに気に入っていただけるように、お仕えいたします。
あなたの悲しみが晴れるように、
何か楽しいことをいたしましょう。」

ガムレットは、したがわざるをえなかった。

しばらくしても、ガムレットは依然として悲しみに浸っていたが、
ヘルツェロイデと過ごす時の経過とともに、徐々に元気を回復していった。
そして、ヘルツェロイデに丁寧に頼みごとをした。
「ヘルツェロイデよ。
私との結婚生活を良いものにしたければ、一つ願いを聞いてもらいたい。
どうか私をあまり厳しく監視しないでほしい。
時には再び槍の戦いに出かけたい。それを許してもらいたい。」
「あなたのしたいようにしてください。」
「ありがとう。月に一回は槍試合に出かけたい。」

こうしてガムレットはヘルツェロイデの領国を受けとった。
その晩、二人はひとつの部屋で過ごし、
女王ヘルツェロイデは乙女ではなくなった。

ヘルツェロイデの愛が、
ガムレットの悲しみをやわらげ、
生きる力を与えた。
ヘルツェロイデは幸せだった。

二人の愛は誠実そのものであった。
ガムレットは槍試合に出かける時、甲冑の上に妻の肌着を一枚着るのである。
戦いによって、肌着は剣で切りさかれ、槍で穴をあけられて、ボロボロになる。
ボロボロになった肌着を持ちかえると、ヘルツェロイデはこの肌着を素肌にまとうのだ。
ガムレットは妻の愛をまとって戦い、
ヘルツェロイデは夫の血と汗によってもたらされた栄光を素肌で感じるのだ。

ボロボロになった肌着が十数枚もたまったころ、
ガムレットに知らせが届いた。
ガムレットがかつて師と仰ぎ、主君と慕っていた騎士バルクが、
襲撃を受けて苦戦している、という知らせだ。
ガムレットはすぐに応援に駆けつけようとして、遠征に旅立った。
しかし、ガムレットはそれ以来、ヘルツェロイデのもとへ戻らなかった。

ヘルツェロイデはお腹に子を宿していた。
日に日に大きくなるお腹を見ては、
喜びと幸せを感じ、
ガムレットの帰還を待っていた。

数ヶ月も待ち続けた後
ついに届いた知らせは、訃報だった。
ガムレットの小姓が涙を流しながら帰ってきた。
夫の死を告げられたヘルツェロイデは、その場で失神してたおれた。

騎士たちはざわめいた。
「あれほど立派な甲冑を身につけていたのに…」

小姓は言った。
「ガムレット様は敵の奸智によって倒されたのです。敵は巧妙な手段を使ったのです。
ガムレット様がそうそう簡単に敗北を喫するはずがありません。
敵は雄山羊の血をガムレット様の兜にかけ、兜をやわらかく溶かしました。
やわらかくなった兜に敵の槍が突きささったのです。
ガムレット様は最後まで立派でした。
瀕死の重傷を負いながらも、
自分にささった槍の穂先と身につけていた肌着を
ヘルツェロイデ様に届けるように言われました。
最後まで女王様を愛していらっしゃいました。」

小姓は涙をふいて話をつづけた。
「殿の遺骸はバルダクの町に運ばれて埋葬されました。壮麗な葬儀の費用はバルク様がすべてお出しになりました。
墓には十字架が立っています。立派な墓碑銘も刻まれました。碑文は次の通りです。
『三国に君臨せし剛勇の王
その名はガムレット
アンショウヴェに生まれ
バルクを援護し
バルダク城外に倒れる
その誉れは高く
いずこの騎士も比肩するものなからん
王の死をサラセン人も悼みしはまことなり
虚偽にあらず
騎士の栄光の内にありて
不実に堕ちたることなし
神の祝福に包まれ
ここに眠る』」


心ある老人がヘルツェロイデを介抱した。
目覚めたヘルツェロイデは、命の宿るお腹に手を当てて言った。
「神さま。どうか、ガムレットの残した高貴な命を、私に与えてください。」
ヘルツェロイデは、人目もはばからず、肌着を引きちぎり、
両手で白い乳房をにぎり、自分の頬に激しく押しつけた。
「赤ちゃんは、このお乳を飲むのですわ。もう大丈夫。こんなにたくさんありますから。」
ヘルツェロイデは自分の乳房が張ってきているのを見て、安堵した。
ガムレットを亡くして、悲しみのどん底にありながらも、
やがて生まれてくる子どもを育てることが、希望の芽となった。

それから二週間後、ヘルツェロイデは元気な男の子を産んだ。
ヘルツェロイデは赤子を抱き上げて、
あまりの可愛らしさに、何度もキスをした。
「かわいい坊や、愛しい坊や」
そう言って、乳くびを赤子の小さな口にふくませた。
「聖母様も、ご自分の母乳をお与えになりました。
私もそうします。」

ヘルツェロイデは、母親の責任を決して忘れることなく、
いつも謙虚な心を持っていた。
女性にありがちな欠点がなく、やさしく良き母親であった。

しかし、母親としてのけなげな姿勢の奥に、
ガムレットを失った悲嘆の川が、とうとうと流れていた。










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