パルシファル   − 聖杯の探求 −   縮小再話版



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  第11章  魔法の城

     第十一章 魔法の城


 渡し守のプリパリノートの館で、一晩ゆっくりと眠ったガヴァーンは、翌朝にはすっかり元気になっていた。ガヴァーンは目覚めると、ベッドから下りて、光がさし込んでいる大きな窓に近づき、外をながめた。窓の外には果樹園が広がっていた。果樹園の向こう側には大きな城が見えた。城のバルコニーには数人の女性がいて、まるで晩餐会にでも着るようなあでやかなドレスを着ていた。バルコニーの内側の部屋には、大勢の女性が立っていて、やはりきれいなドレスを着ていた。その人数はざっと数えても、百人を超える数だった。ガヴァーンはその様子を見て不思議に思った。これが午後や夕刻ならば、時々見られる城の、にぎやかで楽しそうな風景だと思われるのだが、このときは、まだ朝も早い時間帯だった。
 しばらくすると、渡し守の娘のベーネが部屋へ入ってきた。ガヴァーンの世話をしにきたのだ。ガヴァーンはさっそく尋ねてみた。
 「あちらに見える城の中に、たくさんの女性が見えるのだが、あの方たちは、どのような方なのですか。」
 ベーネは驚いて答えた。
 「殿、それだけはお聞きにならないでください。あの方たちのことは言えません。他のことなら何でもお答えいたします。」
 「どうして言えないのだ。」
 「申し訳ありません。殿の身を案じると、どうしても言えないのです。」
 「それでは事情は知っているのだね。」
 「知っています。知っていますけれども、聞かないでください。お願いします。」
 「知っているのなら、教えてもらわなくては困ります。」
 ベーネは断りつづけたが、ガヴァーンは何度もしつこく聞きなおした。しばらく押し問答が続き、ついにベーネは泣いてしまった。
 そこへ館の主であり、渡し守のプリパリノートが部屋に入ってきた。泣いている娘のベーネを見て、ガヴァーンが力ずくで娘に言い寄ったのだと思った。
 「ベーネや。何があろうと気にしなくていい。すぐに忘れてしまう。それにお相手は、こんなに立派で素敵な方なのだ。むしろ光栄というものだ。」
 プリパリノートがなぐさめているのを聞いて、ガヴァーンは誤解が生じたことに気づき、訂正した。
 「いやいや。ここでは何もありませんでしたよ。ただ私がしつこく尋ねごとをしたのです。娘さんはなかなか答えてくれなかったのですが、あるじ殿、よかったら答えてくれませんか。あそこに見える城の中にいる女性たちのことですが、不思議にも、あんなにたくさんの女性がいるのは、どういうことなのでしょうか。」
 プリパリノートは驚きを隠すようにして言った。
 「どうかそれだけは聞かないでください。」
 「なぜだ。なぜ、答えてくれないのだ。」
 「あなたが勇敢な騎士だからです。あなたは恐れを知らずに戦いに挑まれる方だからです。話をしたら、あなたは危険な目にあうからです。そうなれば私たちの幸せも失われてしまいます。」
 「とにかく話してくれ。話さない限り、この場はおさまらないぞ。」
 プリパリノートは意を決して言った。
 「殿が質問をおやめにならないのは残念ですが、それでは、申し上げましょう。あなたは今魔法の国にいるのです。魔法の国の中心は、あなたがご覧になっているあの城です。魔法の城と言われています。クリンショルが建てた城で、城の中には巧妙な恐ろしいわながいくつもしかけられています。そのひとつが魔法のベッドです。非常に危険なものです。」
 ガヴァーンは不思議に思って言った。
 「なぜベッドが危険なのだ。」
 「はい。そのベッドは動くベッドで、人を死に追いつめると聞いています。それ以上のことはわかりません。」
 「あの城には何人の女性がいるのだ。」
 「はい。四百人の女性と四人の王妃が監禁されています。
 魔法の城のあるじはクリンショルです。女性たちはクリンショルの手から救出される日を待っているのですが、いまだかって誰一人として、この冒険に勝利して、女性を助け出した者はいません。それほど、危険な場所なのです。この危険に比べたら、どんな戦いも幼児の遊びのようなものです。」
 ガヴァーンはこの話を聞いて、義侠心に火がついた。
 「そういうことならば、戦って女性たちを助け出さないわけにはいかない。魔法の城を目の前にして、戦わずして女性たちを見捨てて逃げれば、それは不名誉なことだ。私は後で後悔するだろう。さあ、この戦いについてくわしいことを教えてくれないか。」
 プリパリノートは詳細を語った。
 「ここで戦いに勝利し、無事に生きのびることができれば、あなたは魔法の城の城主になります。そしてこの国の国王になります。監禁されている女性たちを救出すれば、大きな名誉となります。しかし、もし、あなたがこのままここを去られても不名誉にはなりません。あなたはリショイスを倒したからです。リショイスもこの城のことを知りながら、この冒険には挑みませんでした。」
 「魔法の城について知っている騎士は他にいるのか。お前の管理する野原には、たくさんの騎士が来るのだろう。」
 「そう言えば、昨日、イテールを打ち倒した赤い騎士を、舟で渡しました。その騎士はお礼に軍馬五頭をくださいました。聖杯の探求の旅の途中でここを通りかかったらしいのです。」
 ガヴァーンはパルシファルのうわさを聞いて、驚いた。
 「その騎士は、どっちへ向かって行ったか教えてほしい。ここに来たからには、魔法の城の冒険については、知っているのだろうな。」
 「どっちへ向かって行ったかはわかりません。この冒険についても、あの方はご存知ありません。私もあえて、話しませんでした。
 あなたに対しても、できることなら話したくはなかったのです。しかしながら、あなたはもう冒険に行かれる覚悟のご様子なので、こうしてお話しています。
 本当のことを言えば、もし、あなたが勝利すれば、私たちも豊かになり、自由になり、幸せになれます。この国の不思議な不幸は終わるのです。戦いに行かれるのなら、あなたの勝利を祈っています。しっかりと武装してください。」
 ガヴァーンは意気込んだ。
 「私の甲冑をもってきてくれ。」
 ガヴァーンはベーネに甲冑をつけてもらった。
 プリパリノートは自分の楯を持ってきて、言った。
 「殿、この楯を使ってください。非常に頑丈な楯で、まだ一度も使っていません。大きさも通常よりも大きく作られていますので、きっと役にたつと思います。
 城に着きましたら、城門の前に商人が一人いますので、そこで馬をあずけられるといいです。商人が並べている商品の中から、何でもいいので一つ買ってあげてください。お金は払わずに、かわりに馬を質入れすれば、一段と念入りに馬の面倒を見てくれるはずです。」
 「馬に乗って入場するなということか。」
 「そうです。徒歩で入ってください。城に入るとすぐに危険がせまってきます。宮殿の中には誰もいません。魔法のベッドのある部屋へ行くと、そこでいくつもの試練が待っています。恐ろしい苦難を乗りこえて、戦いが終わったと思ったとき、初めて本当の戦いが始まります。どうか、楯と剣を手放さないようにしてください。」
 ガヴァーンは話を聞きおわると、馬に飛びのった。
 ベーネは泣き出した。
 「行かないでください。」
 「私に勝利の栄誉が与えられたら、再びここに戻ってこよう。お礼はそのときに述べよう。」
 そう言って、ガヴァーンは魔法の城に向かっていった。

 ガヴァーンは、魔法の城に着いた。城門の前には、たくさんの品物を並べた商人がいた。ガヴァーンは馬をおりて、品物を見た。どれも高価なものばかりで、ガヴァーンは少々驚いた。ガヴァーンはさっそくプリパリノートに言われた通りに、何か買おうと思った。
 「手ごろなベルトかバックルがほしいのだが、いいものはありますか。」
 商人は言った。
 「これは珍しい。永年ここにいるが、これまでに、ここの商品を見ようとした人は、ご婦人以外はいませんでした。あなたは剛勇の騎士であるとお見受けします。この城の中の戦いに勝利すれば、ここにあるものは一切あなたのものになります。ここにあるものは城のものですから、城ごとあなたのものになるのです。すべて神の御心にお任せになるのがよろしいでしょう。さあ、その馬はお預かりしますので、安心してここに置いていきなさい。しっかり面倒は見ておきます。」
 「それでは、お言葉に甘えて、お任せしたい。」
 「どうぞ、いってらっしゃいませ。」

 ガヴァーンは城門をくぐり、城の敷地内に入ると、目の前に巨大な城が建っていた。ガヴァーンは歩いて巨大な城まで行き、大きな扉を開けると、城内は立派な装飾がほどこされた広々とした宮殿になっていた。そこには寝椅子がたくさん並べられていた。先ほどまでは、監禁された女性たちがすわっていたのだが、女性たちは客に会うことを禁じられているので、今は奥に控えている。
 ガヴァーンは広い宮殿を観察しながら歩いていると、一ヶ所だけ開いている大きなドアが見えた。魔法のベッドへつづく進路はこっちだと思い、その部屋の中へ入っていった。その部屋の床は高価な大理石でできており、光ってすべすべとしていた。気をつけて歩かないと転んでしまうかもしれないほど、滑らかな床だった。

 そして、その部屋の中央に魔法のベッドが置いてあった。四本の足の底には、ピンクの球の車輪がついていた。ガヴァーンはすべって転ばないように、慎重に歩いた。すると、ベッドも動きだした。かすかな振動に反応して動いたのだろうか。ガヴァーンはさらにベッドに近づいていき、すべらないように気をつけて飛びのった。その瞬間、ベッドはものすごい勢いで動きだした。ガヴァーンはベッドに振り落とされないようにしがみついた。ベッドは部屋の端から端を走りまわり、次々と壁に激突した。城全体が揺れるような衝撃だった。ガヴァーンはそのたびに、壁にぶつかったり、手足に打撃を受けたりして、体中に打撲を負った。できるだけ振り落とされないようにベッドにうつぶせになった。そして神に救いを求めた。自分の力ではどうにもならないと思ったのだ。
 するとベッドが部屋のちょうど真ん中に止まった。しかし、それが終わりではなかった。それは次なる攻撃の合図だった。
 部屋の壁に隠されていた何百台もの投石機がせり出し、姿を現した。すべての投石機が所定の位置に収まると、一斉に石が発射された。ガヴァーンは楯を持って石を防いだが、全ての石は防げなかった。いくつかの石は体を直撃した。楯を持っている腕にも衝撃がきた。ガヴァーンはこんなに大量の投石を受けたことはなかった。
 投石がやむと、何百台もの弓から石の矢がベッドに向かって飛んできた。矢は次々と降りそそぎ、ベッドは矢で埋めつくされ、針山のようになっていた。楯には数えきれないほどの矢がささり、ガヴァーンの体にも切り傷ができていた。
 そのとき、男が一人現れた。男は見るも恐ろしい形相をしていたが、武器は持っていなかった。ガヴァーンは、まったくけがをしていないかのように装い、すっと立ち上がり、突きささった矢をかき分けて、ベッドから降りた。すると男は逃げるように一歩後ずさりして、言葉を発した。
 「私を恐れる必要はない。お前に最後通告をしにきただけだ。お前がまだ生きているのは、きっと悪魔のおかげだ。しかし、悪魔のお守りもこれで終わりだ。」
 こう言って、男は出ていった。
 ガヴァーンは戦闘の準備をした。楯にささった矢を剣で切り落として、楯を使えるようにした。甲冑に食いこんでいる矢も切り落とした。
 その時、太鼓を打ち鳴らす音が聞こえた。
 何が起きたのかと思い、男が出ていった扉のほうを見ると、一頭の恐ろしい巨大なライオンが入ってきた。馬ほどの背丈のある巨大なライオンだ。このライオンは飢えていたので、ガヴァーンを見ると、一段と凶暴な顔をした。ライオンは、すぐに襲いかかってきた。大きな爪のある前足でガヴァーンに襲いかかった。前足の爪が楯に食いこんだ。あまりの力の強さに、楯をもっていかれそうになった。ガヴァーンは必死にくらいついて楯をはなさず、楯に引きずられていった。ライオンの前足の爪が楯に突きささり、はずれなかったのだ。
 ガヴァーンは剣を抜き、ほえるライオンの鼻をかすめるように剣を振り、前足を一本切り落とした。大量の血が飛びちり、ライオンは絶叫するようにほえた。ライオンは三本足で走りまわり、切りとられた前足は楯についたままだった。部屋は血の海になっていた。ライオンは怒り狂ってガヴァーンに襲いかかってきた。今度はもう一本の前足が、ガヴァーンの楯をとらえた。この瞬間、ガヴァーンは楯を巧みに操って、ライオンの胸に剣を突きさした。剣は柄の部分まで深くささった。ライオンはあっという間に崩れ落ちて、倒れ、間もなく息たえた。
 ガヴァーンはライオンを倒して、いくぶん安堵したが、次なる敵は何者が現れるのかと思い、身構えた。足元は血の海だった。血の中に立っているのも気分が悪いし、そうかと言って、あの恐ろしいベッドの上に戻る気にもなれなかった。時間がたつにつれ、これまでの戦いで受けた傷が痛みはじめた。傷口からは血が流れでて、痛みが走り、頭はもうろうとして、目がくらんだ。そして、ついに意識を失い、崩れ落ちるように倒れてしまった。頭はライオンの上に、身体は床に落ちた楯の上に、横たわった。
 戦いは終わった。

 ライオンとガヴァーンは折りかさなって、ともに死んでいるように見えた。二階の窓からおそるおそる見ていた乙女は、階下の広間の凄絶な状況に青ざめた。乙女はどうしていいかわからずに、老婦人アルニーヴェに報告した。アルニーヴェはこの城に監禁されている老婦人であり、アーサー王の母、そしてガヴァーンの祖母だ。ただし、ガヴァーンに面識はなかった。
 アルニーヴェは報告を聞いて嘆き、すぐに二人の乙女を階下に行かせて、ガヴァーンの生死を確かめさせた。階下におりてきた二人の乙女は、部屋の中の凄惨な様子を見て、思わず目をそむけ、涙を流して泣きはじめた。それでも二人は勇気をふりしぼり、血の海の中へ入っていった。ガヴァーンのそばへゆっくりと近より、生きているかどうかを調べようと、ガヴァーンの兜をそっとはずした。乙女はガヴァーンの顔をじっと見つめたが、息をしているかどうかはわからなかった。続いて、衣服の毛糸を抜きとり、ガヴァーンの鼻先へ近づけた。毛がかすかに震えた。ガヴァーンは生きているのだ。乙女は急いで水を運んできて、ガヴァーンの口の中へ少しずつ流しこんだ。すると、すぐにガヴァーンは目を覚ました。
 「ああ、美しいあなた方に、こんな姿を見られるとは…
 どうか他の人には口外しないでほしい。」
 「ご心配なさらないでください。あなたは今日戦いに勝利して、最高の栄誉をつかみとったのですから。この先はずっと幸せに暮らすことができますよ。傷の具合はいかがですか。」
 「この傷を誰かに診てもらいたいのだが、この戦いがまだ終わっていないのなら、私に兜をつけて、私から離れてください。」
 二人の乙女は言った。
 「戦いはもう終わりました。どうかおそばにいて、介抱させてください。あなたがご無事だということを四人の女王さまにお知らせしなければなりませんので、一人はここを離れます。それから、すぐにベッドとお薬の用意をしますので、少し待っていてください。」
 一人の乙女はアルニーヴェに吉報を知らせた。
 「あの方はまだ生きておられます。ひどくけがをされていて、手当てが必要です。」
 アルニーヴェは喜んで、つぶやいた。
 「神さまのおかげです。
 あの方のところに行き、甲冑をぬがせてあげなさい。絹の布で体を隠すようにして、恥ずかしい思いをさせないようにしておあげなさい。私が治してさし上げますので、ベッドまで運んできてください。私はベッドの用意をして待っています。」
 数人の乙女がガヴァーンのもとへ急いだ。アルニーヴェはすぐにベッドの用意をした。

 ガヴァーンは甲冑をぬがされて、ベッドに連れてこられた。アルニーヴェや治療の心得のある者たちから手当てを受けた。傷や打撲の数は五十ヶ所を超えていた。
 アルニーヴェは言った。
 「すぐに良くなりますよ。この軟膏はアンフォルタスさまも使われたもので、ムンサルヴェーシュで作られたものです。魔女のクンドリーエが私のところに、よく訪ねてきてくれて、薬の効能について教えてくれたのですよ。」
 ガヴァーンはムンサルヴェーシュという言葉を聞いて、喜んだ。
 「おかげで少し元気が出てきました。ありがとうございます。感謝します。」
 「騎士殿。私たちのほうこそ、あなたから恵をいただいて、感謝しなければいけませんのよ。マンドラゴラの薬草の根をさし上げますから、どうか口を閉じてゆっくりと休んでくださいませ。」
 アルニーヴェはガヴァーンの口に薬草の根をひとつ入れた。
 ガヴァーンはたちまち寝入ってしまった。







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