パルシファル   − 聖杯の探求 −   縮小再話版



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  第16章  聖杯王

     第十六章 聖杯王


聖杯には驚くべき力があった。
どんなに瀕死の重傷者も
聖杯を目にすれば、
一週間は生きつづけられる。

それを知っていた家来たちは、アンフォルタスの延命を試み、
アンフォルタスの前に聖杯を運んだ。
毎日、悲しみに暮れながら、
アンフォルタスに聖杯を見せた。

アンフォルタスは
「止めてくれ。聖杯を見せないでくれ。」と
自らの命を絶つことを懇願した。
アンフォルタスの苦痛は、それほどひどかった。

そのまま放っておけば、やがて死にいたるほど、身体は衰弱していた。
激痛から逃れたいために、
苦痛から解放されたいために、
自ら彼岸に赴くことを望んでいた。

死にかかった身体の衰えを止めることは、残酷なことだ。
延命と言う不自然な行為によって、
アンフォルタスは、自然の流れにさからって生きつづけ、
苦しみつづけていた。

家来たちもつらかった。
その耐えがたい苦しみを与えつづけなければならないのだから。
城主にたいする愛と尊敬がなければ、
そんなことはできなかった。

それは、まるで拷問だった。
拷問を続ける看守のような行為が
家来たちにも苦痛となり、
彼らは涙を流し、心臓を痛めた。

家来たちは、城主に安らぎを与え、
静かに天に召されることを、何度も望んだ。
そうすれば、誰もが楽になったはずである。
しかし、そうしない理由があった。

彼らを支えている一筋の希望があった。
選ばれし栄光の主が、
アンフォルタスに問いかけをすれば、
全ての呪縛が解けるという。

そして、その時が近づいていた。
魔女クンドリーエの案内のもと、
パルシファルがまだら肌の兄フェイレフィースを連れて、
聖杯城へ向かっていた。

パルシファル
フェイレフィース
クンドリーエ
三人が聖杯城に近づいた。

聖杯城を守る衛兵、
聖杯の騎士たちは
クンドリーエの胸に、
聖杯の家系の印、キジ鳩の紋章を見た。

聖杯の騎士たちは
馬から下りて草の上に立ち、
兜を取って一行に歩みより、
パルシファルを迎えた。

その時に交わされた挨拶は
まるで天の恵みのように思われた。
パルシファルの挨拶を聞いた時
聖杯の騎士たちは感動して身体中が震えた。

涙があふれ出た。
歓喜の涙であった。
何年も待ち続けた
幸福の日が訪れた。

パルシファルとフェイレフィースは
聖杯城の中に招かれた。
豪華な衣服に着がえて、飲み物で一服し、
すぐにアンフォルタスのもとへ赴いた。

アンフォルタスはベッドに横になっていた。
苦痛に耐えている様子は、人間とは思えなかった。
今にも死んでしまうのではないかと思われるほど、
青白く弱りはて、見るに耐えなかった。

アンフォルタスは言った。
「私はあなたを待っていた。
 永い間
 きっとあなたも後悔していただろう。

 あなたは数多い勝利の騎士なのだから
 私を死なせて、私の苦痛を終わらせてほしい。
 パルシファルよ
 私に聖杯を見せないでくれ。

 それで私の苦しみはすべて終わるのだ。
 私はこれ以上言うことはできない。
 私の言うことを聞いてくれれば、あなたには栄光が待っている。
 あなたの連れを部屋に案内して休ませてあげなさい。」

死にかかった身体で
こんなにも酷い状態で、
何年も自分が来ることを
待っていたのかと思うと

同情の気持ちと
悔悟の念に襲われ、
パルシファルは泣きはじめた。
目にたまった涙がこぼれると、おえつをあげて大声で泣いた。

「聖杯はどこですか…」
聖杯の場所を教えてもらい、
パルシファルは聖杯に向かってひざまずき、
祈った。

自分の問いかけによって、
アンフォルタスが苦しみから解放されますように。
そう祈った。
そして、アンフォルタスに向かって、尋ねた。


「伯父上、どこが痛むのですか。」


この質問がなされると、
奇跡が起きた。

アンフォルタスの体が見るみるうちに回復した。
肌に血の気がめぐり、
頬が薔薇色に輝き、
かつての美しさが蘇った。
神が、み業を成し遂げたのだ。

聖杯に文字が現れた。

 パルシファルを聖杯王とせよ
 パルシファルを聖杯城の主とせよ

これにより、
パルシファルが
聖杯城の主、聖杯王となった。
人々は奇跡の瞬間を見て歓喜の輪を作り、
パルシファルとフェイレフィースを盛大にもてなした。

その時コンドヴィーラームールスが
聖杯城に向かっているという
知らせが入った。
パルシファルの心に花が咲いた。

パルシファルは喜びにあふれ、
草原まで妻を迎えに行くことにしたが、
その途中でトレフリツェントに会いに行かなければならないと思った。
自らの問いかけにより、アンフォルタスは癒され、
自分は聖杯王の戴冠を受けたことを報告するためだ。

トレフリツェントは驚き、喜んだ。
「神は不思議な力をおもちだ。
 あなたは一度は、神に逆らったのに、
 神はあなたの願いをかなえられた。
 奇跡です。
 私は以前、聖杯について間違いを申し上げました。
 『聖杯の探究をあきらめた方が良い』と言ったことです。
 それは、あなたの聖杯への思いをそらすためでした。
 地上では、今もなお神とルシファーの戦いは続いているのに、
 そこで、聖杯を勝ちとることは不可能だと思ったからです。
 これまでに聖杯を勝ちとった者はいないのです。
 いまだに前例はありません。
 それで私は、あなたを思いとどまらせようとしたのです。
 しかし、結果は違いました。
 あなたは、偉大なものを得られたのです。
 妹の息子よ、いや、
 新しきご主君。
 私は喜んであなたに仕えます。」

パルシファルは言った。
「以前あなたからいただいた忠告は、私を救ってくれました。
 これからもずっと、あなたの忠告にしたがっていくつもりです。
 私はこれからプリミツェールの河畔に向かいます。
 五年間会うことのなかった妻がプリミツェールまで来ているのです。
 今でも変わることなく、私は妻を愛しています。」

パルシファルは夜を徹して騎行し、
プリミツェールの河畔に着いたのは明け方だった。
たくさんのテントが張られていた。
早朝から起きていたキオートが出迎えた。
キオートはさっそくパルシファルを女王の眠るテントに案内した。

周囲のテントに守られるようにして、
中央に大きなテントが張られていた。
パルシファルは甲冑をぬいで、テントの中に入った。
寝床に近づくと、コンドヴィーラームールスの脇に
ローエングリンとカルディスが寝ていた。
パルシファルは自分の息子たちの寝姿を見て、
言い知れぬ感慨にひたった。

キオートは女王を起こした。
女王はパルシファルの姿を見て、
嬉しさのあまり、心が張り裂けそうになった。
女王は立ちあがり、
パルシファルに近づいた。
二人は熱烈なキスを交わした。

「幸せの女神があなたを私の目の前にお運びくださいましたのね。
 こんなにも永く私たちを置き去りにして、
 お恨みするつもりでしたが、そんな気持ちはどこかへいってしまいました。
 よくぞ会いに来てくださいました。嬉しゅうございます。」
コンドヴィーラームールスはそう言って、
再びパルシファルの唇にキスをした。

ローエングリンとカルディスも目を覚ました。
パルシファルは二人にやさしくキスをした。
キオートは気を利かして、
子どもたちを外へ連れ出し、
テントの中を二人だけにした。

コンドヴィーラームールスとパルシファルは
深く愛を確かめ合った。

日の光が高い位置からさしこむ頃になり、
パルシファルはテントから出て、
居合わせたすべての人々に向かって宣言した。
「私は聖杯王として、キジ鳩の紋章を受け継ぐ。
 これにより、
 ブローバルツ、ヴァーレイス、ノルガールスの国は、
 二男カルディスが領有する。」

カルディスはその場で戴冠し、
若き幼きカルディス王が誕生した。
ペルラペイレの軍勢は祝杯をあげ、
幼き王のお供をし、帰国の途についた。

聖杯の騎士たちは、
聖杯王パルシファル、
王妃コンドヴィーラームールス
嫡子ローエングリンに仕え、ムンサルヴェーシュへの道を急いだ。

パルシファルは言った。
「以前この森の中で、庵を見たことがある。」
お供の者が答えた。
「はい。そこには乙女が住んでいて、
 亡き恋人の柩に寄りかかって嘆き悲しんでいます。」
「それはジグーネだ。彼女を訪ねてみよう。」

一行は庵を訪ね、窓から中をのぞいてみると、
ジグーネは、ひざまずいてお祈りをしている姿で死んでいた。
それを見て王妃は嘆き悲しんだ。
彼らは庵の壁を壊して中に入った。
柩の蓋を開けると、
香油を塗られたシーアナートランダーの死体が
美しく横たわっていた。
彼らはジグーネを柩の中に入れて、
シーアナートランダーの横に並べてあげ、
ふたたび蓋を閉じた。

ムンサルヴェーシュでは、
人々がパルシファルの帰りを待っていた。

一行は到着すると、盛大な出迎えを受けた。
ローエングリンはフェイレフィースに引きあわされたが、
白黒のまだら肌を見て、嫌がった。
フェイレフィースは笑っていた。

王妃コンドヴィーラームールスは
アンフォルタス、
レパンセ・デ・ショイエ、
フェイレフィースと顔を合わせ、
ホールに案内された。

ホールには、ろうそくが明々と燃えていて、
厳粛な雰囲気がただよっていた。
間もなく、聖杯が運ばれてくるのだ。
聖杯はいつでも見られるものではなく、
祝宴のある時だけ、運ばれてくる。
ホールでは、聖杯を迎える準備が進められていた。

パルシファルとコンドヴィーラームールスが着席すると、
二十五人の乙女たちが順番に現れ、儀式が始まった。
聖杯を運ぶことを許された唯一の乙女、
一段と美しいレパンセ・デ・ショイエが後方から現れた。

中央のテーブルに聖杯が置かれた。
人々は金の器を手にして、
ろうそくで囲まれた聖杯の前にすすんだ。
金の器は、すぐに好みの飲みものや料理で満たされた。

フェイレフィースは、この不思議な出来事をじっと見ていたが、
彼には聖杯が見えなかった。
見えるものは、緑色のアハマルディの絹の布と
レパンセ・デ・ショイエの美しさだけだった。

レパンセ・デ・ショイエの美しさは、フェイレフィースの心をとらえた。
フェイレフィースは恋心の力で苦しみ、
肌の白い部分が青ざめてしまった。

アンフォルタスは言った。
「私の妹のために苦しんでおられるなら、
 あなたの弟に相談するがいい。
 力になってくれると思う。」
フェイレフィースは言った。
「あの方があなたの妹であるなら、
 あの方の愛を得られるように
 何か良い知恵をお貸しください。
 私はこれまで多くの戦いを行い、勝利の誉れを得てきました。
 これからも、妹君のために全力で戦い、勝利の誉れをささげます。
 全能の神ゼウスに誓い、妹君に仕えます。」
アンフォルタスはパルシファルに向かって言った。
「王よ。あなたの兄上には、聖杯が見えないようだ。」

その時、老いたティトゥレルが隣室から声を出した。
「異教徒は、洗礼を受けずして、聖杯の家系に属することはできない。」

パルシファルは、聖杯を見るためにも、
レパンセ・デ・ショイエを妻にするためにも、
洗礼を受けることを勧めた。

フェイレフィースは喜んで承諾した。

パルシファルは、翌日、正式な洗礼の儀式を行うことを決めた。
兄が信じている神ゼウスを忘れなければならないこと、
恋人ゼクンディルレもあきらめねばならないことを伝えて、
兄とレパンセ・デ・ショイエの婚姻を取りきめた。

翌朝、ムンサルヴェーシュの聖堂で
フェイレフィースの洗礼の儀式が行われた。
多くの騎士が参列した。
司祭の前には、聖杯と洗礼盤がおかれていた。
フェイレフィースには聖杯は見えず、
洗礼盤しか見えなかった。
フェイレフィースが司祭の前に立つと、
洗礼盤に水が注がれた。
司祭は厳かに言った。
「魂を悪魔から遠ざけ
 唯一最高の神を信じなさい。
 貴殿の頭部に神の光が
 貴殿の胸に神の恵が
 貴殿の四肢に神の力が
 授けられますように。
 宇宙に偏在する普遍的な神を信じますか。」

「信じます。」

洗礼の儀式が終ると、
フェイレフィースには見えなかった聖杯が、
いつの間にか、見えるようになっていた。

こうして、フェイレフィースは、レパンセ・デ・ショイエと結ばれた。
この時、聖杯に文字が浮かびあがった。

 誰しも、聖杯の騎士に質問をしてはならない
 誰しも、他国の主となった聖杯の騎士に
     名前や素性をたずねてはならない
 誰しも、聖杯の騎士の援助を得たい者は
  その限りにおいて、援助を得ることができる

アンフォルタスの永い苦しみのために、
聖杯の騎士は、問われることを好まなくなっていた。
聖杯の騎士にとって
問いは永遠に苦痛となったのだ。

フェイレフィースは聖杯城で十一日間を過ごし、
十二日目に、レパンセ・デ・ショイエを連れて
自分の国へ帰っていった。
帰り際に、アンフォルタスを誘った。
祖国に同行し、一緒に暮さないかと。

アンフォルタスは言った。
「私は神に仕えたい気持ちがある。
 聖杯の王冠は、貴国の財宝と同様に素晴らしいものだ。
 かつて私は傲慢故に、それを失ったが、
 今は謙虚に生きる道を選んだ。
 富も女性の愛も、今の私の考えからは遠いものになっている。
 私はここで聖杯騎士としての義務をはたしたい。」

フェイレフィースは旅の途中で多くの人々に出会ったが、
その中に本国からの使者がいた。
使者はゼクンディルレの死を伝えた。
これを聞いて、レパンセ・デ・ショイエは安らかに旅を続けることができた。

後に、二人の間に一人息子が誕生し、ヨーハンと名づけられた。





      ☆   ☆    エ ピ ロ ー グ    ☆   ☆ 


ある時ある国に、美しい女王がいた。
女王は高貴で誠実で
世俗の欲望に、かられることはなかった。
多くの名誉ある男たちが女王に求婚した。
身分相応な立派な男ばかりだったが、
女王はことごとく申し入れをことわった。

女王は誰とも結婚しないと公言していた。
ただし、神の定めによる人が現れたなら、
喜んで愛を育みたいと思っていた。

そんなある時、神の定めた人物が現れた。
ムンサルヴェーシュから白鳥の運ぶ舟に乗り、
岸辺に上陸したのは、パルシファルの嫡子
ローエングリンだった。
彼は勇敢で誠実で完璧な人物だったので、
二人はすみやかに結婚することになった。
結婚に先立ち、ローエングリンは女王に言った。
「女王さま。
 私が誰であるのかを
 私が何という名前なのかを
 決して問うてはなりません。
 それが守られれば、私はあなたと結婚し、
 ここにとどまることができます。
 しかし、あなたが私に問いかければ、
 私は聖なる祖国に戻らねばなりません。」

そして、結婚して数年がたったころ、
女王は夫をあまりにも強く愛するがゆえに、
ついに誓いを破ってしまった。
愛する夫について、深く知りたいと思ってしまったのだ。

すぐに白鳥が舟を運んでやってきた。
ローエングリンは立ち去りたくはなかった。
別れの言葉を言いたくはなかった。
しかし、
妻へのあふれる愛を振りはらい
おごそかに、神の定めにしたがった。

白鳥にうながされ、
白鳥が運んできた舟に乗り、
ムンサルヴェーシュへ戻っていった。

剣一降り、
角笛一本、
指輪一つ、
を残して。





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