パルシファル   − 聖杯の探求 −   縮小再話版



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  第3章  少年時代

     第三章 少年時代


 女性にふさわしいものは、誠実である。誠実であるがために貧乏になる人は、地獄の業火を避けることができる。しかし、若い女性で天国の栄誉のために、この現世の富を捨てる者はあまりいない。ところが、強きヘルツェロイデは、自分の三つの国を捨て去り、悲しみの重荷を背負ったのである。
 夫ガムレットの死後間もなく、ヘルツェロイデはカンヴォレイスの城を離れ、数人の家来とともに、ゾルターネの森に住みはじめた。 ガムレットを失ったあまりの悲しみのために、せめて息子には先立たれたくないと思い、名誉や贅沢を捨てて、この森の奥に住みはじめたのだ。 息子には決して騎士になってほしくなかった。どんなに強い騎士であろうとも、やがて敗北を喫することがないとは言えない。 その苦しみを、身をもって経験したが故に、息子が決して騎士に出会うことのないように、森の奥深くに息子を隠したのである。家来たちには、息子の前で騎士について一言でも語ることのないように、厳しく何度も言い聞かせていた。

 ガムレットの息子は、森の中で鳥のさえずりを聴くのが好きだった。野原に連れていってもらうと、しきりに木々の上の方をながめては、鳥の歌声を聴き、身体中にその響きをしみこませた。
母ヘルツェロイデは息子に多くを教えなかった。家来たちに命じて息子に教えさせたことと言えば、木の枝を削って矢を作ったり、小さな槍を作ったりすることだけだった。 そのかいがあり、息子は手先が器用で、思い悩むことのない、朗らかな子どもに育った。

 ある日、家来はガムレットの息子を連れて、手作りの槍と弓矢を持って、森に出かけていった。家来たちはお手本に、槍と弓矢を使って見せた。 射られた矢は鳥を撃ちぬき、息子の大好きな鳥が地上に落ちてきた。息子はそれを見て、恐ろしさのあまり、髪の毛をかきむしって泣きだした。息子は鳥さえいなければと思った。そのかわいい声が心の中に響いてくると、小さい胸はきゅっと締めつけられるのだった。
 いくらなぐさめても泣きやまない息子を、家来たちは仕方なく、母のもとへ連れかえった。
 ヘルツェロイデは泣きじゃくる息子を見て、あわててそばへかけ寄り、心配そうに言った。
 「かわいい坊や、愛しい坊や。どうしたの。野原へ行ったのね。野原で何があったのですか。野原で何を見たのですか。」
 息子は多くの子どもがそうであるように、言葉で答えることはできなかった。聞かれるたびに、わーっと泣きじゃくるだけだった。
ヘルツェロイデは家来から事情を聞いたものの、何があったのかを自分で確かめたくて、翌日、息子を連れて森へ行った。 ヘルツェロイデが目にしたものは、しきりに上の方を見て、鳥のさえずりを聴いている息子の姿だった。その姿を見て、ヘルツェロイデは嫉妬を感じた。 自分ではよく分からなかったが、無性に鳥が憎くなり、この森から鳥が一羽残らずいなくなることを望んだ。そして、すべての鳥を撃ち殺すように家来に命じたが、それは到底できることではなかった。  家来たちは毎日のように鳥を撃ったが、鳥の数が減ったとは思えなかった。できるだけ息子に気づかれないようにしていたが、それも難しいことだった。
 母が鳥を憎んでいることに気づいた息子は、母にたずねた。
 「お母さんはどうして鳥がきらいなの。鳥がかわいそうだよ。」
 ヘルツェロイデは、ハタと正気に戻った。
 「そうね。鳥は神さまがお造りになった大切な生き物ね。むやみに嫌ってはいけないわね。」
 すると息子はたずねた。
 「神さまってなぁに。」
 「それでは、教えてあげましょう。神さまはね、昼間の光よりももっと明るく真っ白に輝いていらっしゃるの。人間は神さまに似せて造られたのよ。神さまはいつも人間に救いの手を差し伸べてくださるの。だから困った時は神さまにおすがりなさい。でももう一方には、真っ黒な地獄の主がいるの。不実な悪魔のことです。悪魔の言うことにしたがって、心を動かされてはいけないのよ。」
 これを聞くと、息子は何も言わずにさっと走り去っていった。

 それから数年がたって、少年は大自然の中でたくましく育っていた。森の栄気と素朴な環境が、少年の魂を強く安定した豊かな魂へと育んでいた。
 少年は狩猟が好きだった。少年は毎日のように、狩猟用の短い投げ槍をもって森に行き、多くの鹿を射止めた。射止めた鹿は、その日の食卓に上った。母はそのたびに、少年の狩りの腕前をほめた。少年は大自然にきたえられ、鋭敏な感覚を養い、狩りの腕は日増しに上達していった。
 
 そんなある日、少年はいつものように狩りに出かけると、突然、遠方からまったく聞いたことのない、ガチャガチャとした音が聞こえてきた。その物音はきっと、光のように輝く神さまか、真っ黒な悪魔のどちらかに違いないと思った。
 「もし、真っ黒な悪魔だったら、僕の槍で、ぐうの音も出ないほどにして、片づけてやろう。」
 少年は音のする方角へかけ寄っていった。そこにいた者は、白馬に乗った四つの物体だった。それらは、頭から足まで、金属で装備され、太陽の光が反射し、白銀色に輝いていた。目がまぶしかった。さらに、それらは、きれいに塗られた楯と長い槍と剣を持っていた。少年が、これまでに見たことのないものだった。 神さまは光よりも明るい、と母が言っていたことを思いだし、このように光輝いて美しいものは、きっと神さまに違いないと思った。そして、突然、彼らの前にひざまずき、助けを求めた。
 「あぁ、神さま、助けてください。」
 少年が道の真ん中にひざまずいたので、四人の騎士は止まらなければならなかった。先頭の騎士が言った。
 「この愚か者は、きっと恐れているのだろう。もしかしたら、我々の助けになるかもしれない。」
 先頭の騎士は地面にひざまずいている少年に向かって言った。
 「どうしたのだ。」
 「あなたは、神さまでしょ。」
 「私は神ではない。それよりも、ちょっとたずねたいことがある。二人の男と一人の女性がここを通らなかったか。」
 少年はこの質問に耳を貸さなかった。立ち上がり、馬上の人を見つめたままだった。
 「神さまではないんだ…。神さまでないのなら、あなたは何。」
 「なんて言うことだ、我々はこの森中で最もくだらない生き物に遭遇したぞ。坊や、私は騎士だ。」
 「騎士…。そんな言葉は知らないよ。でも、あなたのようになることが世界中で一番すばらしいことだっていうのは、わかるよ。」
 少年は楯を指さして言った。
 「それは何。」
 「ちょっと待ってくれ。我々は急いでいるのだ。二人の男と一人の婦人を見なかったか。」  しかし、少年は聞く耳を持たなかった。少年は叫んだ。
 「教えて。これは何。これはどうやって使うの。」
 「天よ、助けたまえ。」騎士はため息をついて言った。
 「これは楯と言うものだ。これで敵の槍や矢から身を守るのだ。」
 「それじゃ、胸や腕につけている、その光ってるもの全部、それは何。」
 「これは甲冑と言う。これもまた、敵の剣で切られたり、槍が突きささったりするのを防ぐのだ。」
 「なんて、すごいんだ。」少年は驚嘆した。
 「でも、鹿がこの甲冑を着けてなくて良かった。もし着けてたら、お母さんもぼくも、めったに鹿の肉を食べられなかったから。あのう、教えてください。立派な騎士の方。あなたみたいになりたいなぁ。誰がぼくを騎士にしてくれるの。その人に会いにいって、ぼくは騎士になりたい。」
 騎士は驚いたが躊躇せずに答えた。
 「我々の主、アーサー王だ。アーサー王は、騎士道の高貴な地位を授けてくださる。しかし、坊や、今は我々に道をゆずってくれ。急いでいるのだ。行かねばならない。」
 騎士の一隊は、少年のもとを去り、旅を続けた。先頭の騎士が手綱を引きながら、仲間に言った。
 「私もあの少年のように美しい顔だったらなぁと思う。あんなに美しい顔をした男を見たことがない。アーサー王の宮殿にさえいない。それにしても、可愛そうな子だ。あの美しい顔に強い身体を持ち、頭はまぬけだ。天が可愛そうな坊やを守ってくださいますように。」
 少年は騎士を見送ったまま、輝く甲冑が見えなくなるまで、そして蹄の音が聞こえなくなるまで立ちつくしていた。少年が慣れ親しんでいたゾルターネの森、親切な家来、そして愛しい母さえも、それらは少年にとって、もはやたいしたものではなくなった。今や「騎士になりたい」という熱い思いが支配していた。少年はそれだけを考えながら、家路についた。
 母は、心配しながら、少年の帰りを待っていた。少年が帰るべき時間は、だいぶ過ぎていたからだ。母は少年が帰ってくる姿を見た。少年は言った。
 「お母さん。僕は世界中で一番美しいものを見たよ。」
 「何を見たの。」母は、虚を突かれたように驚いて言った。
 「神さまのように輝くものだよ。それは騎士って言うんだよ。」
 騎士という言葉の響きは、大きな鐘の音のように、母の頭の中を突きぬけた。母の顔は、見る見るうちに青くなり、母はその場で失神した。驚いた少年は、黙ったまま立っていた。家来たちが母をベッドに横たえて介抱し、しばらくすると母は意識をとりもどした。
 母は、少年に語りかけた。
 「かわいい坊や、愛しい坊や。私は、ずっとあなたを騎士道から遠ざけて守ってきました。騎士道のような無残な世界を、あなたに知らせたくなかったのです。騎士になったら、いつも死と隣り合わせです。忘れなさい。騎士のことは忘れるのです。」
 しかし、少年は首を横に振った。
 「お母さんが何と言おうと、僕の心は変わらない。僕は騎士になりたい。アーサー王のところへ行きたい。それが出来ないなら、生きていても無駄だ。僕は騎士になるんだ。」

 母は、何日も少年に言い聞かせ、ここに留まるように説得した。しかし、いまだかつて一度も逆らうことのなかった少年は、今や別人だった。少年は、母の悲しみには目を向けず、母の言葉には耳をかさず、逆に許しを請うた。
「お母さん。馬を一頭ください。そして、アーサー王のところへ行かせてください。お願いします。僕の言うことを聞いてください。」
   繰り返される少年の嘆願から、母は、少年を引き止めることはできないと思った。それでも、少年が騎士になることを防ぐためには、どうしたらよいかを考えた。
 「そうだわ。ツギハギだらけのおかしな服を作って着せましょう。それを見た人は、きっと笑うでしょう。笑って馬鹿にされたら、みじめな気持ちになって帰ってくるかもしれないわ。馬は、老いぼれてみじめな馬にすれば、遠くへは行けないでしょう。」
 母は、少年に老いぼれた駄馬を与え、麻袋用の布でツギハギだらけの服を作った。カラフルで、シャツと半ズボンが繋がったピエロのような服だった。それに農作業用の長靴を作ってはかせた。誰が見ても馬鹿者の服としか思えなかった。しかし、世の中のことをまるで知らない少年は、心の底から喜んだ。遠くまで行ける馬をもらい、新しい服と靴をもらい、この上なく幸せだった。
 少年の心には、これから旅立つ世界への期待が広がっていた。アーサー王に会い、騎士になることが人生の目的となった。

 少年が出発する前の晩に、母はゆっくりと話をした。
 「かわいい坊や、愛しい坊や。良く聞いておきなさい。川を渡る時は、川の色が黒いところはさけて、浅くて色が澄んでいるところを見つけて、入って行きなさい。
 人に会ったら、必ず挨拶をするのですよ。
 白髪の方で、世間の事情に通じている方がいらっしゃったら、よく教えを聞くのですよ。
 立派な婦人の指輪とご好意がいただける時は、受けとりなさい。悩みなんかふっ飛んでしまいます。じょうずにキスをして、しっかり抱きしめなさい。その女性が慎ましやかな方なら、喜びを与えてくれるでしょう。
 それから、よく覚えておいて。二つの国ヴァーレイスとノルガールスは、お前のものであるはずだったのに、レヘリーンという残酷な騎士が奪いとったのです。お前の部下も打ち殺されたのです。」
 「お母さん、その復讐はします。レヘリーンに投げ槍を突きさしてやります。」 少年は、話は聞いていたが、母の顔がやつれていることに気がつかなかった。母がほとんど食べられずにいたことも、悲しみですすり泣き、眠れぬ夜を過ごしていたことにも気がつかなかった。

 出発の朝が来た。少年は心がはやっており、形だけの簡単な挨拶をすませて、馬を走らせた。馬上の少年は、一度もふり返ることはなかった。
 しかし、母は少年の姿が見えなくなるまで、立ちすくんでいた。そして、少年の姿が視界から消えた時、不実を知らない女王はばったり地上に倒れた。疲れはてた身体と弱っていた心臓は、その悲しみに耐えられなかった。心配と寂しさと痛みから、突然の死が訪れたのだ。
 少年は、それが母との永遠の別れになるとは、思いもしなかった。そして、少年の出発が、母を死に追いやったことも知らずに、新たな世界へと旅だっていった。
 
 
 少年はとある川のほとりにやってきた。この川は浅く、誰にでも渡ることができたが、川に沿って樹木が並んでいたために、川は岸沿いに黒ずんで見えた。少年は母の教えにしたがい、黒ずんだところを避け、川沿いに馬を進めた。少年は馬鹿正直で知恵が足りなかったので、川が浅いことに気づかず、いつまでも川を渡らなかった。川が澄んで見えたところで、ようやく川へ入り、対岸へ渡った。
 川を渡りきったところにテントが張ってあった。高さがあり大きく立派なテントで、高価な飾りひもがついていた。テントの中には、オリルス公の夫人エシューテ公妃がいた。彼女は愛くるしく横たわっていた。毛布は腰までずり落ちていて、背中の肌が真っ白に輝いて見えた。真っ白い足が毛布から出ていて、太ももから足指の先まで美しい線を見せていた。やわらかい栗色の髪の毛が肩にかかり、目をとじて気持ち良さそうに眠っていた。
 少年は夫人の美しさに見とれていた。美女の腕は細く長く、指には高価な指輪がはめられていた。少年は公妃の指から指輪をはずした。婦人の指輪を受けとるように、という母の教えを思いだしたからである。そして公妃の腕の中にもぐりこんだ。驚いた公妃は目を覚ました。
 「何をなさいますか。私に恥をかかせないでください。あなたはまだ若すぎます。お相手を間違っています。」
 少年は、そんな言葉は気にもせず、公妃の美しい唇に自分の口を押しあてた。公妃は抵抗して格闘が始まったが、少年は強い力で公妃を抱きしめ、胸の肌着に飾られていた高価なブローチをもぎ取り、ポケットに入れた。ブローチはボタンの役割をしていたので、ブローチがはずれると、白く美しく豊かな乳房が露出した。
 「止めてください。」
 少年は空腹を感じながら、格闘を続けた。
 「私を食べないでください。あなたは若すぎます。食べるなら外にある食べ物を召し上がりなさい。パンとブドウ酒とウズラがあります。」
 少年は公妃から離れ、外に置いてあった食事をガツガツと食べた。公妃はオリルスが戻ってくることを恐れて言った。
 「若すぎるお方よ。指輪とブローチを置いて出ていきなさい。主人が帰ってきたら怒られます。」
 すると生まれの良いこの少年は言った。
 「えっ。怒られても、こわくなんかないよ。でも、あなたが困るなら出ていくよ。」  少年は再び公妃に近づき、もう一度公妃にキスをした。そして、何も言わずに出ていこうとしたが、出がけに一言だけ言葉を残した。
 「神さまの祝福がありますように。お母さんがそう言えと教えてくれたんだ。」

 しばらくして、オリルスがテントに戻ってきた。テントの様子がおかしかった。オリルスはテントの中が乱れているのを見て、誰かが妻のところに来て悪さをしたのだと思った。テントの中では、妻が悲しみに沈んでいた。
 「妻よ。何があったのだ。俺に恥をかかせるのか。」
 「違います。馬鹿な若者が馬に乗ってやってきて、指輪とブローチを盗んでいきました。私は何もしていません。ただ、あの若者は神のように美しい姿をしていました。」
 「それで仲良くしたのか。」
 「とんでもありません。その若者は百姓の長靴をはいていました。おかしな格好をして、狩猟用の投げ槍を持っていました。そんな身分の者を、公妃が相手にするはずがありません。」
 「そんな言いわけを誰が信じると言うのだ。俺のどこに不満があるのだ。いったい俺が何をしたと言うのだ。俺は数多くの勝利の誉れを手に入れ、山ほどの騎士を倒した。誇り高いガーローエスも、俺の槍が突き殺したのだ。しかし、お前のお陰で俺は栄光の光を浴びることはなくなった。俺はもうお前の薄汚い腕に抱かれて喜ぶことはない。お前をはずかしめ、お前にみじめな思いをさせてやろう。」
 「私のために、あなたの名誉を汚すようなことをしないでください。騎士が自分の妻をはずかしめたら、誰もがあなたを軽蔑します。ですから誰か他の人の手で私を殺させるようにしてください。そうすれば、あなたの名誉は傷つきません。」
 「ずいぶんと傲慢だな。その鼻をへし折ってやる。もう一緒に食事はしない。一緒に寝ることもない。着るものも何一つ与えない。」
 オリルス公はエシューテの服を引きちぎり、肌もあらわな肌着だけにした。彼女の馬の鞍をはずして、ぶち壊し、鞍なしの馬にエシューテを乗せた。エシューテはまるで寝起きのまま逃げだしてきたかのような格好で、人前にさらされることになったのだ。エシューテは自分のみじめな姿には耐えられたが、自分の無実を疑い、怒り狂う夫の姿を見ることは、悲しくてつらかった。
 オリルス公も馬に乗り、二人は出かけた。もちろんオリルスの目的は、テントに乱入した少年だった。
 「さあ、行くぞ。その若僧に追いつき、串刺しにしてやろう。」

 少年は追われていることを知らなかったので、のん気な楽しい旅を続けていた。少年は時々、道で人々に出会った。道行く人々は、おかしな服を着た少年に驚き、必ず笑った。しかし、少年はそれを好意の印として受けとり、こう言うのだ。
 「こんにちは。神さまの祝福がありますように。お母さんがそう言えと教えてくれたんだ。」  それを聞いて、人々はさらに笑った。

 山道を越えて下り坂になった辺りで、少年は女のむせび泣くような声を聞いた。道の曲がり角にきたところで、若い女性が岩の上にすわって、嘆き悲しんでいた。まるで狂ったかのように、長い髪の毛をかきむしり、髪の毛は鳥の巣のように、逆立っていた。大声で泣きさけぶ女性の膝の上には、領主シーアナートランダーが死んで、横たわっていた。少年は女性に近づいて言った。
 「誰にでも、挨拶をしなさいと、お母さんが教えてくれたんだ。神さまの祝福がありますように。」
 しかし、女性は頭を上げただけで、静かに彼を見つめていた。少年は気後れせずに続けてたずねた。
 「誰がやったんですか。投げ槍でやったんですか。もう死んでるの。教えてください。誰がこの騎士を殺したんだ。僕は約束する。殺した奴に僕の投げ槍を投げつけてやる。命をもって償わせてやる。」
 若い少年が楯も持たず、甲冑も着けずに、狩猟用の投げ槍だけで、完全武装の騎士に立ち向かおうとしている姿が、この女性には奇妙に思えた。しかし、女性は彼の中に慢心を見ることはなかった。彼の中に見えたものは、本物の騎士道精神だった。女性は静かに言った。
 「あなたの気持ちはうれしく頂戴いたします。でも、見知らぬあなたに、私の婚約者であるこの騎士の復讐をする理由はありません。彼は不意に殺されたのではありません。公式な一騎討ちの試合で敗れたのです。あなたは気高い心をお持ちです。あなたの名前を教えてください。」
 「『かわいい坊や、愛しい坊や』だよ。お母さんは僕をこう呼んでいた。」
 「それだけですか。」
 「そうだよ。『かわいい坊や、愛しい坊や』よりもいい名前なんかあるはずがない。」
 女性はしばらく沈黙してから言った。
 「わが子をその呼び方で呼んでいる女性を知っています。その方はヘルツェロイデ女王です。私の叔母です。彼女は生まれたばかりの男の子を連れて、何年も前に森の中へ隠れたのです。ヘルツェロイデはあなたのお母様に違いありません。私はあなたのいとこです。ジグーネと言います。あなたには、生まれた時に付けられた名前があります。パルシファルというのですよ。それは『真ん中を貫け』という意味です。その名前が神によって誉れ高きものとなりますように。」
 少年は初めて母と自分の名前を知った。
 「僕はパルシファルで、お母さんはヘルツェロイデなのですか。」
 「そうよ、パルシファル。あなたのお父様は高貴な騎士、ガムレットです。ヴァーレイスとノルガールスの国王です。あなたは二つの国の相続人なのですよ。私の腕に抱かれて、ここで死の眠りについている騎士は、ガムレットが戦いで命を失い、あなたのお母様ヘルツェロイデが森に避難した時、あなたの国を守るために戦ったのです。  本当の相続人であるパルシファル、あなたが現れて王冠を冠せられるまで、城を守り続けようとしたのです。そしてオリルス公と戦って、倒されたのです。オリルス公はあなたの伯父、ガーローエスも打ち倒しています。オリルス公の兄レヘリーンは、二つの国を奪いました。私たちはこの兄弟にひどいことをされたのです。
私は、この方シーアナートランダーから愛されていたのに、愚かにもこの方の愛を受け入れなかったのです。それで私に不幸が訪れました。今はこうして、この方を愛しているのです。」
 「彼は僕のために死んだのですね。それならば、彼のかたきを取るのは僕の役目です。ジグーネ。どの道を行ったらいいのか教えてください。」
 しかしジグーネは、この無知な少年が戦い方も知らずに、狩猟用の投げ槍だけを持って、屈強な騎士と戦うなら、結果は見ずとも明らかであると思った。それでジグーネは、オリルス公のいる方向とは反対の道を教えた。それはアーサー王の住む国ベルターネに向かう道だった。
 「あちらの方向へ行くといいでしょう。」
 「ありがとう。ジグーネは行かないのか。」
 「私はこの方と一緒に、ここにいます。」
 ジグーネは婚約者の遺体を置きざりにして山を下りることはしなかった。死んだ騎士と一緒にいることを望み、悲しみに浸っていた。

 パルシファルはジグーネから教えてもらった道を進んだ。パルシファルは相変わらず、人に出会うと、
 「こんにちは。神さまの祝福がありますように。お母さんがそう言えと教えてくれたんだ。」と言った。
 夕方になって、空腹と疲れを感じたので、大きな一軒の家を見つけ、泊めてもらえないかと頼んだ。しかし、その家のケチな漁師は、ただでは泊めないと断った。パルシファルはエシューテ公妃からもぎ取ったブローチを見せて、言った。
 「ご飯を食べさせてくれて、明日の朝、アーサー王のところへ道案内をしてくれるなら、この宝石をあげるよ。」
 漁師はブローチを受けとって、パルシファルを一晩泊めた。
 漁師は翌朝早くに、アーサー王の宮廷があるナンテスの町まで先導した。目指す町が見えてきたとき、漁師はそれ以上進もうとしなかった。彼はこう言って、別れを告げた。
 「この国は気高く、つわものぞろいの国だ。これ以上近づけば、やられてしまう。わしの案内はここまでだ。何をしに行くのか知らないが、気をつけて行ってくれ。」

 パルシファルは格好の悪い服を着て、老いぼれの馬に乗って、アーサー王の宮廷のある町ナンテスに入っていった。宮廷にはきちんとした服装をしていくことが礼儀であるが、パルシファルは礼儀を知らなかった。まるで山奥の野蛮人だった。
 野原を越えたところで、大きな建物を見つけた。アーサー王の宮廷である。その宮廷の門から一人の騎士が馬に乗って出てきた。その騎士の甲冑は赤かった。楯も燃える炎のような赤だった。馬の飾りも赤く、馬も赤茶色の毛をしていた。人々は彼を赤い騎士と呼んでいた。赤い騎士は手に黄金の杯を持っていた。パルシファルは赤い騎士の見事な姿に、あっ気に取られて声がでなかった。赤い騎士は黙っている少年に向かって言った。
 「なんて美しい坊やだ。そんなに美しい顔を授けてくれたお前の母親に祝福があらんことを祈ろう。きっとお前には楽しい人生が待っているだろうよ。しかし、悲しみと嘆きと苦しみも味わうことになるだろう。おまえはアーサー王のところへ行くのか。私からアーサー王への伝言を届けてくれないか。」
 「いいよ。どんな伝言だい。」
 「私はイテールだ。アーサー王に土地の返還を求めに来たのだ。あの土地は私の土地であって、彼のものではない。私には権利がある。今、私は直訴するために、アーサー王の宮廷に行ってきた。彼らは食事をしていた。王の前に置いてあった黄金の杯には、ワインがなみなみと注がれていた。私はそれを取り上げたのだが、恥ずかしながら、女王ギノヴェーアのドレスの上にこぼしてしまった。 それは過ちだ。女王には申し訳なく思っている。女王には、わざとではない、謝罪したいと伝えてくれ。それはさておき、大事なことは、古来の風習で、王の食卓から杯を取りあげた者は、国に対して挑戦状を出したことを意味するのだ。宣戦布告だ。 私は今、それをしてきたのだ。しかし、彼らは落ち着いていて、戦う気があるのかどうかわからない。さぁ、宮廷の中に行って、私はここで待っていると伝えてくれ。この杯を取りもどしたかったら、最も強い騎士を戦いに寄こすように。 私が勝てば、この国は私のものだ。あちらが勝てば、この杯とこの国はアーサー王のものだ。
さぁ、少年よ。行くがいい。伝言を頼む。」
 パルシファルは騎士の言動に、あぜんとしながらも、騎士の全身を包む甲冑にあこがれた。
 「わかった。伝言を頼まれた。」と言って、馬を走らせた。
 
 アーサー王の宮廷の前に着くと、並んでいるたくさんの衛兵の一人が近づいてきた。
 「何の用か。」
 「アーサー王と話がしたい。食事をしている広間はどこだ。」
 「広間は一階にある。そこの大きなアーチが入口だ。」
 この幼い少年の訪問がどのようなものであるかを知っていたならば、衛兵イヴァネットは、それほど気軽に少年を案内することはなかったであろう。パルシファルは真っすぐに大きな広間へ入っていった。騎士と女性たちが、食卓をかこんで食事をしていた。パルシファルは広間の真ん中に現れ、あたりを見渡した。
 「誰がアーサー王なのかわからないけれど、騎士と淑女の皆さま。皆さまにごあいさつします。神さまの祝福がありますように。お母さんがそう言えと教えてくれたんだ。」
 食卓についていた騎士と女性たちは、パルシファルのおかしな格好と、奇妙なあいさつに、多少驚いたものの、用件を聞き取ろうとして、じっと彼の方を向いていた。パルシファルは臆することなく、はっきりとした口調で続けた。
 「アーサー王は誰なの。全員がアーサー王に見えるけど、僕はアーサー王に伝言を持ってきた。イテールが野原で待っているよ。杯を持って行った赤い騎士。この杯を取り戻すために、最も強い騎士を戦いに寄こすように言っていた。女王ギノヴェーアにワインをこぼしたのは過ちだって、それは謝っていた。僕は赤い服と赤い甲冑が欲しい。それを着て騎士になりたい。」
 パルシファルが話終わった時、騎士と女性たちは一斉にしゃべりだした。女性はパルシファルの美しさをたたえ、騎士はパルシファルの強そうな姿が戦いに向いていると言った。しかし、パルシファルのおかしな格好を見て、この少年は本当に正気なのかどうかを皆が疑った。アーサー王が言った。
 「私が王だ。伝言をありがとう。赤い騎士が我々を侮辱したことは、許されることではない。円卓の騎士の誰もが、この挑戦を受けて立つだろう。」
 すると、パルシファルは即答した。
 「それは駄目だ。僕は赤い騎士の甲冑が欲しい。馬も武器も。だから僕が赤い騎士と戦うよ。僕に騎士の栄誉を与えてください。」
 パルシファルがそう言うと、皆は驚き、あきれた顔をした。アーサー王の騎士の一人、血の気の早いケイエは怒りにまかせて叫んだ。
 「おいっ。脳足りんの馬鹿な若僧。だれがそんな名誉を得られるか。お前のようなまぬけは、赤い騎士にこてんぱんにやられるのが落ちだ。それで、少しは分かるだろう。さぁ、行きたければ行って戦えっ。取れるものなら甲冑を取ってみろ。」
 アーサー王が口をはさんだ。
 「ケイエ。そのような無礼な言い方をしてはならない。この若者は何も知らないだけだ。」
 アーサー王はパルシファルに向かって言った。
 「友よ。あの赤い甲冑は、戦いの経験をつんだ騎士だけが着けられるものだ。そのような甲冑を望んではならない。あの素晴らしい甲冑のことは忘れて、その代わりに私が甲冑をひとつさしあげよう。さぁ、馬から下りてきなさい。赤い騎士には、別の騎士を向かわせよう。」
 パルシファルは赤い甲冑が欲しくてたまらず、その欲望は燃えたぎっていた。そして、ケイエから受けた侮辱で傷ついていたので、馬から下りるつもりは、毛頭なかった。
 「僕は馬からは下りない。外で待っている赤い騎士も馬に乗ったままだ。僕は彼と戦う。あの赤い甲冑以外、他の甲冑は欲しくない。アーサー王。僕にあの赤い甲冑をください。」
 「お前は若くて何も知らない上に頑固だな。自分の好きにするがいい。赤い甲冑を取ることができれば、それはお前のものだ。天がお前を守りますように。この愚かな挑戦で大きなけがを負わないように、祈っている。」
 「ありがとう。」そう言って、パルシファルは馬の向きを外へ向けた。
 その時、そこに、とても奇妙な女性、クンネヴァーレがいた。オリルス公の妹である。彼女は生まれて以来、一度も笑ったことがなかった。それ故にアーサー王の宮廷には、一つの言い伝えがあった。それは、「この女性が笑う時は、最高の栄誉を獲得する偉大な騎士が目の前に現れた時である。」というものである。しかし、これまで多くの偉大で勇敢な騎士が、クンネヴァーレの前に現れたが、誰一人として、クンネヴァーレを笑わせることはできなかった。
 しかし、パルシファルが老いぼれた馬に乗り、ツギハギだらけの馬鹿な格好で、赤い騎士に立ち向かおうとした時、そのときクンネヴァーレの唇がほころんだ。目は輝き、口元に微笑みが浮かんだ。これまで灰色だったクンネヴァーレの頬に、血の気がさした。
 クンネヴァーレの隣にケイエがすわっていた。ケイエは、今まで一度も笑ったことがない女が、パルシファルに微笑みを送っている姿を見て、この微笑みが何を意味するのかを思い出した。
 パルシファルに対して不快感を持っていたケイエは怒りに震えた。考えられないことが起きたからである。偉大な騎士たちを前にしても決して笑わなかった女が、馬鹿な格好をした少年を見て笑った。それは、まるでケイエよりも、パルシファルの方が優秀な騎士であるとでも言わんばかりに思えたのである。ケイエは、騎士道の礼儀を忘れ、クンネヴァーレを怒鳴りつけた。
 「こんな馬鹿な若ぞうを笑うのか。」
 ケイエは頭に血が上り、騎士道の規則に違反することをした。クンネヴァーレの髪の毛をひっつかんで、彼女の頬を平手打ちしたのである。ピシッという音が、宮廷中に響き渡った。
 パルシファルはそれを見て驚き、目が釘づけになった。どうして騎士が女性をたたけるのだろうか。
 ケイエのそばに無口の騎士アンタノールがいた。アンタノールは、つね日ごろから口数の少ない男だったが、クンネヴァーレが笑わない限り、自分も口をきかない、と宣言していた。その男がケイエに向かってしゃべった。
 「あの少年のことで、あなたはクンネヴァーレ様をたたきました。かわいそうに。あなたはいつか、あの少年から痛い目にあうでしょう。」
 これを聞いたケイエは、すぐさまアンタノールの顔面をなぐりつけた。
 「お前の最初の言葉は、俺への侮辱か。」
 なぐられたアンタノールは、痛みをこらえて、パルシファルに向かって言った。
 「クンネヴァーレ様は、お前のせいで傷ついた。彼女が笑った者は、騎士として最高の栄誉を得ると予言されているからだ。だからケイエは、見境がなくなったのだ。」
 パルシファルは二人に同情し、ケイエに投げ槍を投げつけてやろうと思って手をのばしたが、あいだに人がいたので、やめた。それよりも赤い甲冑を手に入れるために、急がねばならないと思った。
 「あの男をいつか、こらしめてやる。彼女を傷つけ、彼をなぐり、僕を馬鹿にした。その乱暴なふるまいは許せないが、今はその暇はない。いつの日か、彼は後悔するだろう。」
 パルシファルは、そう言って宮廷を出ていった。赤い騎士が待つ野原に向かっていると、後ろから誰かがやってきた。小姓のイヴァネットだった。宮廷の入口で最初にパルシファルを案内した衛兵である。パルシファルに好意を持っていたイヴァネットは、パルシファルが赤い騎士に対して、何をするのか、二人の戦いはどういう成りゆきになるのか、それが気になって、いてもたってもいられなくなり、追いかけてきたのである。
 パルシファルは、快くイヴァネットの同伴を受け入れ、二人は並んで赤い騎士イテールの待つ場所へ向かった。

 赤い騎士イテールは黄金の杯を持って、アーサー王の騎士を待っていた。しかし、馬に乗ってイテールに向かってきた者は、甲冑に身を包んだ騎士ではなく、彼が伝言を託した少年だった。赤い騎士はたずねた。
 「金の杯をかけて戦う者はいないのか。」
 パルシファルは答えた。
 「あんたと戦う者はいない。頼まれたことはアーサー王に伝えたよ。僕はあんたが着ている赤い甲冑が欲しいんだ。アーサー王にたずねたら、取っていいと言った。だからそれを脱いでくれ。」  「ちょっと待て。偉大な円卓の騎士が、誰も俺と戦わないと言うのか。」
 パルシファルの心情は、それを悠長に説明できるような状態ではなかった。
 「甲冑を脱げ。武器をおろせ。それは僕の物だと言ったはずだ。アーサー王がくれたんだ。」
とパルシファルは叫んだ。
 「それはなんと寛大なことだ。ついでに俺の命もおまえに渡したっていうわけか。俺の命を奪わなければ、甲冑は手に入らないぞ。」
 パルシファルはこらえ切れずに言った。
 「同じことだ。それを寄こさなければ、お前は命を失うことになる。さぁ、アーサー王がくれた物を寄こすんだ。」
 赤い騎士は、これを全て冗談だと思って聞いていた。
 「こんなに豪華な報酬が得られるほど、お前はどんな立派なことをしたと言うのだ。」  「僕は自分にふさわしい物を手に入れるのだ。今すぐに手に入れる。」
 そう言った途端にパルシファルは赤い騎士に近づき、馬の手綱を取ろうとした。赤い騎士は槍の鞘を抜き、両手で槍を持ち、力任せにパルシファルを打ちつけた。パルシファルは馬から落ち、赤い騎士の足元に転げ落ちた。パルシファルはすぐさま立ちあがろうとしたが、間髪入れずに次の一撃が襲い、パルシファルの頭皮を切りつけた。
 この瞬間、炎のような怒りがパルシファルの心に湧きあがった。視界は赤くなり、耳には血のたぎる音が聞こえた。パルシファルは地面に転がっている投げ槍を見つけた。永い年月のあいだに森の中で培われた狩猟勘と本能的集中力が、とっさに射的という行動を取らせた。気がついたときには、狩猟用の投げ槍は、赤い騎士の目の玉を貫き、頭蓋に突き刺さっていた。背の高い赤い影は、一瞬馬上で直立し、次の瞬間には地面に転がり落ちていた。
 そんな凄惨な状況もまったく意に介せず、パルシファルの心は一点に集中していた。
 「赤い甲冑は僕のものになった。武器も僕のものだ。馬もだ。」
 ただそれだけだった。
 パルシファルは不慣れな手つきで甲冑をはずそうとしたが、甲冑のはずし方がわからなかった。甲冑は紐でかたく留められていて、動かせない。剣の帯をいじくりまわしたが、一向にらちがあかなかった。イヴァネットは茫然としてこの出来事を見ていたが、ふと我に帰ると、パルシファルに走り寄った。
 「信じられないものを見ました。あなたは、偉大で有名な騎士をやっつけたんですよ。甲冑をはずすのを手伝わせてください。はずし方がわからないんですね。」
 イヴァネットの手助けで甲冑がはずされた。
 「それでは、着ているものを脱いで、このきれいな服を着てください。農作業用の長靴も脱いでください。」とイヴァネットが言った。
 「嫌だ。お母さんがくれた服は脱がない。これが一番いいんだ。」
 どんなに小姓が頼もうとも、パルシファルはツギハギの不格好な服を脱ごうとしなかった。結局、そのままピエロのようなツギハギの服の上に、甲冑をつけた。この姿は、まったくこの時のパルシファルを象徴していた。外側は立派な騎士の装いをしていたが、内側は、無知な未熟者であり、騎士道精神の使命感や礼儀正しさを、微塵も持ちあわせてはいなかった。
 パルシファルは、イヴァネットに言った。
 「君に赤い騎士が着ていた服をあげる。それと僕が今まで乗っていた馬も。それから、そこにある黄金の杯を、アーサー王に届けて。僕は王の宮殿には戻らないから。僕はあの男から侮辱された。一人の女性が僕のために、たたかれた。僕は、円卓の騎士の誰と比べても引けを取らないほど立派な人間に成長するまで、戻らない。アーサー王によろしく。」
 パルシファルは、赤い馬に乗り、赤い甲冑を着けて、誇り高く去っていった。こうしてパルシファルは、赤い騎士となった。

 イヴァネットは、アーサー王のもとに杯を持ちかえり、事の成りゆきを伝えた。あの愚かな少年が誉れ高きイテールを倒したと聞いて、宮廷には震撼とした空気がただよった。アーサー王は言った。
 「これは騎士道にのっとった戦いではない。騎士道では、狩猟用の投げ槍は禁じられている。彼は運が良かっただけだ。たまたま急所に当たって、相手が死んだだけだ。彼はこの先、長くは生きられないだろう。経験豊かな騎士に出会えば、終わりだ。」
 アーサー王に限らず、誰もがそう思っていた。彼は間もなく、手に入れた甲冑と自分の命を失うだろうと。しかし、現実はそうではなかった。幸運なことに、彼はこの日には、誰とも出逢わなかったのである。ましてや戦いを挑んでくる者などいなかった。パルシファルは幸運に恵まれていたのだ。

 アーサー王は、今は亡き好敵手イテールを手厚く葬った。彼の偉大な業績に見合う丁重な葬儀が行われた。アーサー王の妃ギノヴェーアは、心から哀悼の言葉を述べた。
 「円卓で最高の栄誉を担うべきイテール
 剛勇にして教養のあるイテール
 ナンテスの城外で非運に遭う
 悲しくやるせない不可解な事件は信じ難し
 膝から崩れ落ちた婦人の数は限りなく
 すべての婦人の夢を打ち砕き
 すべての婦人に悲しみの花束を抱かせた
 ナンテスの城外に静かに眠りたまえ」

 夕刻近くになって、パルシファルはグラーハルツ城にたどり着いた。城は大きな城壁と堀にかこまれていて、城下に広がる野原には大きな菩提樹の木があった。その木陰に、立派な服を着た城主グルネマンツが一人ですわっていた。
 パルシファルは疲れていたこともあり、持っていた楯をだだをこねる子どものように振りまわしていた。見苦しい姿だ。グルネマンツは奇妙な騎士がやってきたと思った。その騎士は素晴らしい赤い甲冑を身につけてはいたが、騎士が持ち歩くことのない狩猟用の投げ槍をかついでおり、農作業用の長靴をはいていた。
 パルシファルは、いつものように挨拶した。
 「こんにちは。神さまの祝福がありますように。お母さんがそう言えと教えてくれたんだ。それと、白髪の人から教えを受けるようにって、お母さんが言っていた。だから、あなたから何か教えてもらいたい。」
 年輩の紳士グルネマンツは、この奇妙な挨拶にさらに驚いたが、この不思議な騎士に興味をもった。
 「教えを受けたいのなら、教えを乞う者として、私に敬意を払わなければならない。それができるなら、今夜は私の城に泊まっていくがよい。」
 パルシファルは宮廷の中に案内された。小姓が来て、馬から下りて甲冑をはずすように求めたが、彼は騎士とは甲冑を着けて馬に乗っている者だと思っていたので、すなおに従わなかった。
 「僕は騎士だから、馬から下りるわけにはいかない。王様からもらった甲冑を脱ぐこともできない。皆さんに神さまの祝福がありますように。お母さんがそう言えと教えてくれたんだ。」
 そう言われた小姓は、あぜんとしたが、こりずに説明を試みた。馬から下りても、甲冑を脱いでも、あなたが騎士であることに変わりはない、と何度も説明し、ようやく馬から下りてもらい、宮廷に案内することができた。
 パルシファルが甲冑を脱ぎはじめたので、小姓や召使いが手伝った。甲冑が脱がされると、あのピエロのような不格好な服が見えた。グルネマンツはその様子を見て、なぜ、この若者はあのようなツギハギだらけのおかしな格好をしているのかと思った。しかし、グルネマンツは礼儀正しく慎重な人だったので、そのことをパルシファルにたずねなかった。
 逆に、パルシファルには、そのような抑制はなかった。城の中には、見たことのない珍しいものばかりがあり、宮廷に足を踏み入れてからというもの、口から次々と質問が飛びだした。
 「この扉は随分大きいけど、どうやって開けるの。」
 「この床は何でできているの。」
 「あなたが着ている服はなんて言うの。」
 「あれは何。これは何。」と他愛のない質問がつづいたが、パルシファルは質問をやめることはなかった。それは食事の時間になるまでつづいた。老齢のグルネマンツは言った。
 「若き友よ。そなたは騎士の生活や作法を、あまりご存じではありませんね。」
 パルシファルは素直にそれを認めて言った。
 「知らないけれども、今からたくさん知りたい。」
 グルネマンツはやる気のある若者に好意をもった。
 「それでは、私があなたの先生になることにしよう。しばらくここに滞在し、私から学ぶがよい。今夜は、しっかり食べて、ゆっくり休みなさい。」
 パルシファルは出された料理をガツガツと平らげ、空腹を満たした。そして、案内された寝室でゆっくりと眠った。
 
 翌朝、パルシファルはさし出された赤いズボンをはいて、食卓に現れた。赤いズボンが見事に似合っていた。その姿はこの世のものとは思えないほど美しかった。パルシファルを見た瞬間に、美の女神が見た人の心と身体を包みこんでしまう。そんな至福の印象をあたえるのだ。 人々はパルシファルの美しさを称賛した。神が作った最高の彫刻作品ではないかと。
 食事がすむと、グルネマンツはたずねた。
 「気を悪くしないでいただきたいのだが、そなたは、どちらからいらっしゃったのか。」
 パルシファルは、ゾルターネの森を出立してからの出来事を語り、指輪とブローチを手に入れたことや甲冑を手に入れたいきさつを詳しく話した。
 グルネマンツは言った。
 「そなたの話を聞いていると、まるで幼い子どものようだ。お母さん、お母さんと言うのは止めなさい。
 今から大切なことを言うので、良く聞きなさい。
 どんな時でも、慎み深くありなさい。慎みのない人は、役に立たず、やがて運命の階段をころげ落ちることになる。
 弱い人を憐れみなさい。困っている人を助けなさい。そうすれば、高潔な品性を持てるようになる。
 お金の使い方には節度を持ちなさい。王たる者、ケチと浪費から遠ざかりなさい。
 不正な振る舞いをしてはならない。
 むやみに質問をしてはならない。そなたは城に入ってきてからずっと質問をしていた。そのような質問は、もしかしたら、人を困らせるかもしれない。また己の無知や愚かさを知らしめることになる。
 さぐりを入れてくる質問に、バカ正直に答えてはいけない。全身を使って直感で判断するのだ。
 剛勇であると同時に、慈悲深くありなさい。敵が忠誠の誓いを申し出たら、やむをえない場合を除き、命を助けてやりなさい。
 男らしく朗らかでいなさい。そして、女性を愛しなさい。しかし、浮気をしてはならない。女性をだましてはならない。高貴な愛は誠実でなければならない。不実な愛が明るみになれば、名誉を失うことになる。
 男と女は平等だ。決して女性を軽んじてはならない。
 以上、私がそなたに伝えたいことだ。よく心得るべし。」

 グルネマンツの言葉を聞いたパルシファルは、心からその言葉を受けとり、騎士道の掟にしたがって生きる決意をした。そして、もう二度と「お母さん」とは言わなくなった。

 グルネマンツは野原へ出かける準備をして、パルシファルを騎士道の稽古にさそった。
 「さぁ、それでは外へ出て、騎士の技を伝授するとしよう。穂先をはずした練習用の槍を使う。
昨日、菩提樹のそばでそなたを初めて見た時は、とてもではないが、騎士と呼べるような振る舞いではなかったからな。そなたには練習が必要だ。」
 野原では、巧みな騎乗、疾駆から突撃に移る方法、槍の正しい使い方、相手の攻撃に対して楯で防御する方法などが教えられた。パルシファルは飲みこみが早かったので、間もなく、練習試合が行われた。
 パルシファルは試合場に案内され、呼び出された勇猛な騎士のうちの一人と、最初の手合わせを行った。東西に分かれた馬上の騎士が、馬に拍車をかけ、中央めがけて走りだし、徐々に速度を上げて互いに近づいていった。そして二つの人馬が一つに重なった地点で、最初の槍の一撃が交錯した。相手の楯を突き通したのはパルシファルの槍だった。初心者とは思えぬその手並みに一同は驚いた。 すぐに二人目の相手が名乗りをあげた。パルシファルは新しい頑丈な槍を手に取り、試合の位置についた。まだひげも生えていない若者パルシファルには、勇気と力が満ちていた。ガムレットの血を受けついで、戦いの喜びに駆りたてられていた。 パルシファルは二人目の相手に向かって、襲歩で突進していった。二つの人馬は激突した。そして、またもやパルシファルの槍は相手の騎士の楯に命中し、騎士を馬の背後に突き倒した。 こうして、次々と五人の相手を打ち倒したのだ。 人々はパルシファルに称賛の拍手を送った。彼は一躍、グラーハルツ城の人々の称賛の的になった。

 グルネマンツはパルシファルの手を取って、城に戻った。
 すでに夕刻を過ぎていた。グルネマンツは娘のリアーセを食事の席に呼んだ。リアーセは美しかった。リアーセはまだ若く、可愛らしく清純そのものだった。グルネマンツはリアーセに言った。
 「この騎士殿に敬意を表し、ご挨拶のキスをしていただきなさい。この方は幸運に恵まれた立派なお方だ。」
 パルシファルは、リアーセの唇にキスをした。パルシファルにとって、初めての優しいキスだった。リアーセの唇のやわらかさと暖かさが全身で感じとれた。パルシファルは満足し、幸福を感じ、リアーセを魅力的に思った。
 パルシファルはグルネマンツとリアーセの間の席にすわった。リアーセはパルシファルの食事の世話をした。料理を取りわけたり、こぼれた飲み物をふいたり、それは慎ましやかで楽しいひとときだった。誰もが満足し、まるで婚姻の宴のように、人々の表情には笑顔がたえなかった。グルネマンツとこの城に、幸福が訪れたようだった。

   パルシファルは高貴な人グルネマンツのもとで十四日間を過ごした。槍と剣の使い方を学び、騎士道にのっとった戦い方を学び、礼儀正しい作法を学んだ。グルネマンツは事実上、パルシファルに騎士道の爵位を授与したことになるだろう。さらば、もはやここに留まる理由はなかった。今や戦いに臨む時であった。
 リアーセは美しく、パルシファルはリアーセに好意をもっていたが、女性の胸に抱かれて、そのぬくもりを楽しむよりも、騎士として戦いにおもむきたかった。パルシファルは騎士となった以上、まず、人生をスタートさせなければならないと思っていた。戦いを始めること、そのこと自体が喜びであり、誉れであった。
 ある朝、パルシファルは旅立つことを申し出た。それを聞いたグルネマンツはショックを受け、下を向いて言った。
 「私は、そなたで四番目の息子を失うことになる。私には三人の息子がいた。名は、シェンタフルールス、ラスコイト、グルックリーだ。三人は勇敢な騎士だった。三人はペルラペイレの女王コンドヴィーラームールスが窮地に陥っていた時、助人として敵と戦った。しかし、善戦むなしく、敵のクラーミデーとキングルーンに倒されてしまった。グルックリーの妻もショックを受けてすぐに亡くなった。 この悲しみのうねりも、そなたのお陰で平安に導かれるかと思ったのだが…、そなたがグラーハルツの国と美しい娘リアーセをお気に召さないのならば、致し方がない。そなたの栄光と活躍を祈る。気をつけて行くがよい。」
 「師よ、私はまだまだ、未熟者ではありますが、いつか騎士の栄誉を獲得し、女性を愛する資格を得ましたら、あなたの令嬢リアーセをいただきにまいります。」
 こうして、パルシファルは、領主グルネマンツと部下一同に別れを告げた。






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