パルシファル   − 聖杯の探求 −   縮小再話版



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  第6章  円卓の騎士

     第六章 円卓の騎士


 アーサー王の宮廷では、パルシファルの活躍が話題の中心となっていた。キングルーンやクラーミデーら豪傑の騎士を宮廷に送りこみ、アーサー王に敬意を表したことは、並大抵の騎士にできることではなかった。これほどの活躍をした騎士を放っておくわけにはいかず、アーサー王はパルシファルを円卓の騎士に迎えいれる決議をし、さっそくパルシファルを探しだす旅に出た。
 あてのない捜索の旅には、どんな敵があらわれるとも限らない。旅への出発にあたり、アーサー王は自軍の勢力の保持と安全のために、騎士たちと一つの約束をとり交わした。
 「我々の旅の行く手には、敵となる者が山とあらわれるかもしれない。槍をもった騎士に出会うこともあろう。その時は、自分から勇んで戦いを始めてはならない。必ず私の許可をえてくれ。よろしくたのむ。」
 騎士たちはアーサー王の命令にしたがうことを約束した。

 アーサー王らは旅の途中で、プリミツェールの河畔にテントを張って、鷹狩を楽しんだ。狩りをすることのない騎士にとって、鷹を使って鳥を捕獲することは、特別な楽しみであり、騎士に旅の気分を味わわせた。
鷹狩の要領はいたって簡単だ。狩人は前腕に鷹をとまらせ、鷹の頭には布をかぶせる。獲物があらわれる瞬間までは、鷹には何も見せないでおくのだ。獲物を探している間は、できるだけ鷹を刺激しないようにしておき、獲物を待つ。獲物が見つかったら、小石や小枝を投げて、獲物を飛びたたせ、鷹から布をはずし、空中に放つ。距離とタイミングさえ間違えなければ、獲物は容易に捕獲できる。
この日は、野生のガチョウが多かった。狩人は鷹から布をはずし、飛びたったガチョウに向けて、鷹を空中に放った。飛んでいった鷹の何羽かは、飛びたったガチョウに襲いかかり、捕獲した。
狩人たちは、こうして狩りを楽しんだが、狩りを終えてキャンプに戻ろうとしたとき、一羽の鷹が戻っていないことに気がついた。しばらく探したが見つからず、結局その日は、そのまま一羽を森に残してキャンプに戻った。
   その夜から明け方にかけて大量の雪が降り、プリミツェールの森一面が真っ白になった。美しくも厳しい冬の到来だ。パルシファルは、ちょうど前日に鷹狩が行われていた道を通っていた。アーサー王のキャンプが近くにあるとは知らず、張り綱によって区切られた境界線を越えて、アーサー王の陣内に入っていた。真っ白な平野に出たとき、突然、ガチョウの群れが飛びたった。空を見上げるとガチョウの後方を鷹が勢いよく飛んでいた。次の瞬間には、鷹がガチョウを捕えた。ガチョウは鷹の爪で傷つきながらも、逃げることができた。逃げるガチョウの傷から血が三滴、パルシファルの目の前に落ちてきた。
 白い雪の上に出来たピンクの染みに目を向けたパルシファルは、馬を止めた。馬上から見た白い雪とピンクの染みは、美しい色合いだった。それが偶然にも、妻コンドヴィーラームールスの顔に見えた。雪はコンドヴィーラームールスの白い肌に、三滴の血は真っ赤な頬と唇にそっくりだった。雪の上の染みが人間の顔に似ているなんて、ありえないことだと思えるだろう。しかし、孤独な旅をして、愛に飢え、妻を恋慕するパルシファルにとって、それは画家が描いた似顔絵のように見えたのである。
 「ここで、コンドヴィーラームールスの美しさに出会えるとは、神は私に幸せを運んでくれたのだ。コンドヴィーラームールスよ。お前に会いたい。お前のその赤い頬に…、お前のその赤い唇に…ふれたい。」
 恋心がパルシファルの心を捕えた。胸が熱くなり、その熱は、喉から頭部へと達し、上気がはじまった。顔が熱くなり、さらにその熱は下半身を通って足の先までにいたると、全身がしびれた。熱は全身をつつみ、コンドヴィーラームールスへの恋心がパルシファルを支配した。パルシファルはそれを堪能し、そこに没頭した。そして、雪上にコンドヴィーラームールスの顔を見ながら、ついに意識を失った。

 そこへ迷子の鷹を探している小姓があらわれ、赤い甲冑を身につけた騎士を見つけた。小姓は、馬に騎乗したまま雪を見つめている騎士にたずねた。
 「我々が飼っている鷹を見かけませんでしたか。」
しかし、赤い騎士はまったく反応しなかった。まるで、探しものをしているしたっぱの小姓には口をきくほどの価値もない、とでも言わんばかりに見えた。このむごい扱いに困惑した小姓は、赤い騎士は張り綱を突破して陣内に攻め込んできた無礼者であると思いこんだ。そして、あわててテントに戻り、無礼者の騎士がいることを報告した。
 「何てこった。アーサー王を侮辱している武装したクソ野郎がいる。張り綱を突破して、槍を構えて戦いの準備をしている無礼者がいるぞ。」
これを聞いた騎士たちは、大騒ぎになった。多くの騎士たちはアーサー王と取り交わした約束をまだるっこしく感じた。すぐにでも、戦いに行きたいと思ったのだ。なかでも、けんかっ早く血の気の多い騎士ゼグラモルスは、いてもたってもいられず、アーサー王のもとへ駆けつけた。アーサー王はまだ寝ていたにもかかわらず、ゼグラモルスはテントの中に入りこんでいき、ギノヴェーア妃と二人で寝ているアーサー王の掛け布団を引っぺがした。二人はゼグラモルスの無礼に苦笑しながら起きあがった。
「私を戦いに行かせてください。私を一番手に戦わせてください。張り綱を破って陣地に入りこんだ無礼者がいます。どうか私に一番手を。」
ゼグラモルスの嘆願に、アーサー王は答えた。
「我々は旅に出る前に約束をとり交わしたではないか。」
「はい、だから、こうしてお伺いに参りました。」
「このあたりには、ムンサルヴェーシュの聖杯の騎士がいるかもしれない。手強いとわかっている者を相手にして、簡単に命を捨てるわけにはいかないのだ。戦いが目的ではないのだから、できるだけ戦いは避けるのだ。」
「そうは、まいりません。アーサー王と円卓の騎士を侮辱する無礼者を放っておくわけにはいきません。どうかギノヴェーア妃からも、戦いの許しを乞うていただきますようお願いします。」
ゼグラモルスは、けっして引きさがることなく頼みつづけた。ギノヴェーア妃の手助けもあり、結局、戦いの許可が出た。この時のゼグラモルスの喜びようは、まるで火山の噴火だった。眠っていた火山が噴火したかのように、すぐさま馬に跳び乗り、勇んで飛びだしていった。

パルシファルは半ば意識を失ったまま、雪上の血の染みを見つめていた。完全に我を忘れ、コンドヴィーラームールスヘの思いにふけっていた。時間と空間の感覚を失い、雪から目をそらすことができなかった。
 そこへ血気盛んなゼグラモルスがやって来た。彼は静止している騎士に近づき、戦いの言葉を叫んだ。
 「騎士殿。張り綱を破って我々の陣地に入りこみ、それで平然としているとは、どういうことだ。王に対して、その無礼の償いをしていただきたい。命をかけて、一騎討ちを受けよ。だが、まず礼儀として、降服する機会を与えよう。打ちのめされたくなければ、降服するがよい。」
 だが、パルシファルは完全に思いにふけっていて、ゼグラモルスの叫び声にも気がつかなかった。無視されたと思った騎士は、一騎討ちの助走の距離を取るために、パルシファルから離れた。ゼグラモルスの馬が移動したので、パルシファルの馬も首を横に動かし、向きを変えた。その時、パルシファルの視界から、ピンクの血のしみが消えた。パルシファルは覚醒した。
ゼグラモルスは赤い騎士に向かって馬を走らせた。騎士がパルシファルに近づいた最後の瞬間に、森できたえられた動物的直観がはたらいた。パルシファルは瞬時に向きを変え、馬上から槍の一撃を加えた。ゼグラモルスは打撃を受けて雪の上に落ちた。
パルシファルは、まるで何ごともなかったかのように、黙って血の染みのある場所に戻り、再びコンドヴィーラームールスへの思いに集中した。
ゼグラモルスは身体をひどく痛め、これ以上騎士らしく振る舞うことはできなくなった。乗っていた馬もどこかへ行ってしまい、彼は徒歩でキャンプに帰った。
 「勝負は時の運だ。くそっ。俺の槍に倒れぬとは、いやな野郎だ。だが、クソすごいやつだ。」
 ゼグラモルスは、誰かれかまわず、当たりちらし、言いわけめいたことを口走っていた。悔しさと恥ずかしさで、素直に負けを認めようとはしなかったが、こころの奥では、決して歯が立たない相手だと、わかっていた。

   ケイエはこれを聞いて、生来の正義感に火がついた。
ケイエは誠実な騎士ではあったが、不正なことや悪人を許せなかった。人をだますような輩はそばに寄せつけず、友としなかった。許せない人間には、鋭い仕打ちをする、言わば裁判官のような人物だった。そんなはっきりとした性分であったが故に、過去にパルシファルにも遺恨を残していた。パルシファルがアーサー王の宮廷を訪れたとき、パルシファルに笑顔を向けたクンネヴァーレを許すことができずに、容赦なくたたいたことがあった。

 ケイエはアーサー王に直訴した。
 「王。このままあの男を放っておくわけにはいきません。私に一騎討ちをやらせてください。あの男は王妃のご前にもはばからず、槍を立てて馬を止めているのですから。このままでは、アーサー王と円卓の騎士の名誉が損なわれます。どうか私に一騎討ちをさせてください。それができねば、王に仕えることができなくなります。」
 アーサー王は、ケイエに戦いの許可を出した。ケイエはさっそく支度をし、甲冑をつけて出ていった。

 ケイエは静かにたたずむ馬上の騎士に言った。
 「わが王を侮辱した罪により、王のご前に出頭してもらおう。それとも首に綱をつけて引っ張りましょうか。それがお前には、お似合いかもしれないが。どうするんだ。おいっ、聞いているのか。」
 パルシファルは相変わらず、コンドヴィーラームールスの似顔を見つめ、夢想にふけっていたので、まったくケイエに気がつかなかった。
ケイエは槍の柄を振りあげて、パルシファルの兜を軽くたたいた。
「おいっ、目を覚ませ。次の一撃で雪の上に、お眠りさせてやるぞ。」
 それでもパルシファルは、夢想から覚めなかった。ケイエはパルシファルに激しくぶつかり、馬を動かした。すると、パルシファルの視界から、ピンクの雪が消えた。パルシファルは再び覚醒した。
 ケイエは馬を疾駆させ、一騎討ちの体制に入った。ケイエが襲歩にうつすと、パルシファルもすぐに疾駆から襲歩にうつし、槍を構えた。ケイエも槍を構え、二つの人馬が交錯した時、ケイエの槍がパルシファルの楯に穴をあけた。ところが、パルシファルの槍の一撃はケイエの人馬もろとも吹っ飛ばした。馬は倒木に激突し、即死した。ケイエは転倒し、鞍と岩にはさまれて右手と左足を骨折した。
 パルシファルは三滴のピンクの染みを見つけ、またもや恋心の中に没頭し、意識を失ってしまった。

 ケイエは、すぐにテントに運びこまれた。ケイエの哀れな姿を見て、多くの者が嘆き悲しんだ。そこへガヴァーンが訪れた。ガヴァーンはケイエの寝ているベッドに向かって嘆いた。
 「何という不運な日だ。誰がこんな一騎討ちをしたのだ。こんなに突然に不幸が襲ってくるとは。」
 すると、ケイエは怒ったように文句を言いだした。
 「私を哀れんでいるのか。哀れむくらいなら、さっさと戦いに行ってくれ。私にかまわないでくれ。
 そなたは、私の主君アーサー王の甥っこだ。私はいつも、そなたのために、戦うことを惜しまなかった。そなたの小指一本にでも傷がつけば、この首をかけて戦いに行くだろう。ところが、そなたはどうだ。私のために、かたき討ちに行こうなどとは思わないだろう。
 あの無礼な男は厄介だ。行けば、きっと痛い目に合う。
 私の扇動なんか気になさるな。行くのは、やめたほうがいい。
 そなたを引きとめることは、いとも簡単だ。そなたは、やさしい心を持っていて、戦いが好きではござらぬからな。まるでお母様のようなお方だから。」
 ガヴァーンはケイエから、言葉で責められて、いささか辟易したが、報復する気にはなれなかった。今は何を言っても、わからないだろうと思ったが、黙って出ていくのも失礼かと思い、一言だけ言った。
 「何のいわれもなく、私に怒りをぶつけるのか。私はいつもお前の力になってやったではないか。」
 ガヴァーンはこう言って、テントを出た。

 ガヴァーンはこれまでの奇妙な話を聞いて、森の中の騎士はアーサー王を侮辱しているのではないのかもしれないと思った。一体何が原因で戦いが始まったのかを見極めようと思い、ガヴァーンは甲冑をつけずに、槍も剣も持たずに、森へ入っていった。

 パルシファルは依然として、ピンクの染みを見つめて微動だにせず、恋心に支配されていた。ガヴァーンは静かに声をかけた。
 「勇敢な騎士殿、ご機嫌はいかがでしょうか。」
 「 … 」
 パルシファルはまったく動かずに、雪を見つめていた。ガヴァーンは、やはり、これは正常ではないと思いつつ、もう一度声をかけた。
 「殿、私の挨拶に応えないところを見ると、さては戦いをするつもりですな。もし、そうなら、我ら王族の名誉を傷つけることになります。さらば、ご同行を願いたい。」
 「 … 」
 パルシファルは変わらず、まったく反応しなかった。
 ガヴァーンは目の前の騎士の気配を感じ取り、この男は愛に囚われて意識を失っているのではないだろうかと思った。それは自分自身にも、身に覚えのあることだったからだ。ガヴァーンはその時の愛の苦しみを思うと、目の前にいる騎士の様子を、同情と共感とともに理解することができた。そして、騎士が見つめている先を見ると、雪の上にピンクの染みがあった。その染みは美しかった。それを女性の頬と唇のように見ることは可能だと思った。
 「やはりそうだったのか…」とつぶやき、この男は恋に落ちていると確信した。そして、静かに近づき、自分が着ていたマントをぬいで、雪上のピンクの染みを隠すように、かぶせた。すると、パルシファルは意識を取りもどした。そして、喋りだした。
 「おおっ、妻よ。どこへ行ってしまったのだ。どこへ隠れたのだ。太陽のように輝くお前を隠してしまったのは、雲か、霧か、暗闇か…。」
 パルシファルの意識は徐々に回復してきた。夢から覚めた人のように、あたりを見まわし、自分のまわりが馬の蹄で踏み荒らされているのを見て驚いた。さらに目の前には、甲冑をつけていない騎士がいる。
 「槍はどこへ行った。私の槍は。」と言うと、ガヴァーンはすかさず、あいづちを入れた。
 「騎士殿。槍はさきほどの一騎討ちで壊れました。」
 パルシファルは戦ったことをまったく覚えていなかったので困惑した。
 「一騎討ち…。
 一体私は誰と戦ったのだ。あなたは甲冑をつけず、槍も持っていないではないか。あなたと一騎討ちをしたとは思えない。」
 「あなたはゼグラモルスとケイエという二人の勇敢な騎士を打ちのめしたのです。その栄誉に対して、愛と誠実から、ひとつお願いを申しあげます。あそこのテントには、王と美しいご婦人たちがいます。ご同行いただけるなら、戦いにならないように、あなたをお守りし、お世話をいたします。」
 「二人と戦ったのか…。覚えていないが、ご親切をありがとう。喜んで同行させていただく。ところで、あなたのご主君は誰ですか。そして、あなたはどなたですか。」
 「私はロート王の息子、ガヴァーンです。テントにいる我らが主君はアーサー王です。女王ギノヴェーアと円卓の騎士もそろっています。」
 パルシファルは再び驚いたが、大事なことを思い出した。
 「あなたがガヴァーン殿ですか。あなたはとても優しくて、偉大な騎士であり、紳士だと聞いている。私がこんなに親切な扱いをされていることに納得がいった。あそこに陣を張っているテントの中にアーサー王がいるのなら、私は王と王妃に会いに行くことはできない。かたき討ちをするまでは、行けないのだ。しばらく前になるが、身分の高い女性が私に微笑まれたがために、隣にすわっていた男から、たたかれたのだ。それ以来、私の気分は晴れない。その男をこらしめるまでは、王に会いに行くことはできない。」
 ガヴァーンはこの時、この勇敢な騎士がパルシファルであることを知った。
 「あなたはパルシファル殿ですね。こんなところでお会いするとは、奇遇です。我々はあなたを探していたのです。これもまた奇遇なことですが、クンネヴァーレをたたいたその男は、あなたが倒した二人目の騎士、ケイエです。あなたはすでにかたき討ちを終えられましたよ。ケイエは右腕と左足を骨折しました。それで十分でしょう。彼の馬も死にました。そこに転がっています。」
 パルシファルは馬の死骸や、散乱した槍を見て言った。
 「それが本当なら気持は晴れるが。あなたを信用することにしよう。案内を頼む。」
 パルシファルはガヴァーンの言うことが、すぐには信じられなかったが、話が本当ならば、自分がケイエを打ちのめしたことになるので、喜ばしい気持ちになった。これで過去の遺恨がはらされた。ケイエをこらしめることができたのなら、アーサー王への訪問を避ける理由もない。パルシファルは喜んでガヴァーンの招待を受けいれた。
 パルシファルはアーサー王のテントを訪れ、暖かい歓迎を受けた。これでアーサー王に接見するのは二度目になるが、かつては、おかしな服を着て、宮廷の中に馬で乗りいれた無知な少年が、今や女王コンドヴィーラームールスを救済し、自らも王冠を手にした有名な騎士となっていた。
 特に歓迎の気持ちを強くあらわしたのは、クンネヴァーレだった。クンネヴァーレは、以前にケイエから受けた侮辱のかたき討ちをしてくれたこの騎士を、大いに歓迎した。
 「ようこそ、おいでくださいました。神々があなたを歓迎しています。私はあなたにお目にかかるまでは、一度も笑ったことがありませんでした。あの時、ケイエにひどくたたかれて、つらい思いをしました。それに対して、あなたは武勇を示され、十分な仕返しをしてくださいました。その感謝の印に、あなたにご挨拶させていただきとうございます。」
 「私もそうしていただきたいと思っています。あなたの歓迎が何よりも嬉しいです。」
 パルシファルがそう言うと、クンネヴァーレはパルシファルの頬にキスをした。
 クンネヴァーレは、豪華な衣服をもってこさせ、パルシファルに着がえるようにうながした。パルシファルが甲冑をはずす様子を見ていた人々は、その容姿の美しさに驚嘆した。武勇の誉れを携えて現れた騎士が、更にかくも美しい輝きをはなったとあれば、誰もがその美しさに憧憬と好意をもち、男女を問わず、彼を称賛した。
 そこへ、アーサー王が姿を見せた。偉大なアーサー王は、何かに秀でた者を見るような表情でパルシファルに微笑み、驚嘆と尊敬のまなざしを見せた。
「そなたは、これまでにないあまりにも偉大な名誉をもたらした。大変な名誉だ。私はそなたの名誉に匹敵するような話を聞いたことがない。
ケイエのことについては、申し訳ないことをした。だが、それはもういいだろう。」
「ありがとうございます。誉れの言葉をいただいて、嬉しゅうございます。」
 「ところで、我々がここでテントを張って旅をしているのは、そなたを探していたからなのだ。そなたには、アーサー王の円卓の騎士になっていただきたい。そなたを迎えることは、我々にとっても光栄なことだ。どうか騎士一同に約束してはくださらぬか。」
パルシファルは嬉しさと喜ばしさで、胸がいっぱいになった。そしてアーサー王の依頼を、快く承諾した。パルシファルは全ての騎士が切望する最高の栄誉を手に入れたのだ。これはパルシファルの子どものころからの夢がかなった瞬間だった。アーサー王の円卓へ招かれ、円卓の騎士となったのである。
円卓には一つの決まりがあった。それは何か事件がおきない限り、王は騎士とともに食事をしないというものだ。パルシファルが円卓の騎士になることで、アーサー王は円卓を供することになった。円卓は首都ナンテスにあるので、野原に臨時の円卓が敷かれることになった。上等の絹の布が用意され、巨大な円形に裁断された。巨大な円形の布が、野原に敷かれ、これをもって円卓とした。
円卓の由来は、四角い食卓で、主君の正面という名誉ある席に、誰もがこぞって座りたいと望まないように、つまり着席する者が、皆平等な名誉にあずかれるようにするために、円形の食卓が用いられたのだ。
アーサー王は身分の高い騎士や高貴な婦人に、円卓に着席するように言った。アーサー王はパルシファルの手を取って、円卓に向かった。パルシファルの反対側には、クンネヴァーレが寄り添うように歩いていた。クンネヴァーレは笑顔をたやさず、始終ご機嫌だった。王妃ギノヴェーアも美しい婦人を多くひきつれて、円卓に向かった。アーサー王は言った。
「年輩となった私の妻が、若いあなたに挨拶したいと申しておる。受けていただけますか。」
「もちろんです。そのような栄誉は喜んでお受けいたします。」とパルシファルが答えると、王妃ギノヴェーアは、パルシファルに歩みよって、彼の頬にキスをした。
「あなたの武勇と美しさに称賛の言葉を送ります。あなたは以前にイテールの命を奪われ、私を深い悲しみに突き落としました。しかしその後、あなたは彼の赤い甲冑をつけ、赤い騎士となって、たくさんの栄誉をえられました。それ故に、イテールの死の件については、ここで一切許してさしあげます。あなたは許されました。」
ギノヴェーアはそう言って、一滴の涙を流した。

パルシファルはクラーミデーとガヴァーンの間にすわった。円卓に着席したとき、それはパルシファルにとって、人生の中で最も幸福な瞬間であった。円卓の騎士として最高の栄誉を獲得し、名誉ある人々に囲まれ、誉れ高き人々と談笑し、高貴な人から給仕を受け、これまでに味わったことのない、喜ばしいひと時を過ごした。

 この日は、パルシファルにとって最も幸福な日になったのだが、同時に、運命の冷酷な一撃が、その幸福をぶち壊した日でもあった。宴会が楽しく行われており、席を立つ者もなく、幸福な雰囲気に満ちていたとき、突然の訪問者があらわれた。クンドリーエだった。会場に満ちていた笑顔はなくなり、暗雲が立ちこめたかのように静まりかえった。彼女は魔術師とも魔女とも言われていた。ラテン語、アラビア語、フランス語を話し、教養が深く、論理学と幾何学と天文学に長けていた。孔雀の帽子をかぶり、美しい絹の服を着て、宝石で飾りたてていた。誰が見ても息を飲むような高価で派手な装いをしていたが、それらはほとんど役に立っていなかった。クンドリーエを見た者は誰でもが、彼女をおぞましいと思うであろう。髪の毛は黒く、硬く、汚れていて、長さは腰の下にまで達していた。鼻は狼のようで、口からは二本の牙が出て、あごの先まで伸びていた。耳は熊の耳に似ていて、顔は毛むくじゃら、手も猿のようで、爪はライオンの爪のように、分厚く細長かった。当然のことかもしれないが、彼女の愛を得るために、槍試合が催されたことはなかった。
 クンドリーエはラバに乗って現れ、アーサー王に近づいて言った。
 「ウテパンドラグーンのご子息、アーサー王よ。そなたがここで取りきめられたことは、ベルターネの人々の名誉をけがしました。ここに列席された方々は、大きな栄誉を受けられるはずでしたが、今や、円卓の名誉は台無しになりました。そなたはそなた自身に、そしてここにいる方々に恥をかかせました。不実にして呪われた男が円卓の騎士に加わったからです。」
 アーサー王は理解に苦しんで言った。
「そんなことはない。円卓の騎士は高い栄誉に値する者ばかりだ。いったい誰がふさわしくないと言うのだ。」
 クンドリーエは骨っぽい指でパルシファルを指した。
「パルシファル殿。そなたがこの輪の中にいる限り、誰にも名誉はない。」
 人々のあえぎ声が一帯に響きわたり、全員がパルシファルを見た。
クンドリーエは続けた。
「そなたは私を醜いと思うだろうが、そなたよりもはるかに優しい女です。神はそなたに輝くばかりの外見を与えたが、内面は私の百倍もけがらわしい。そなたの心も魂も腐っている。私が仕えている王アンフォルタスが病で苦しんでいるのを、そなたは見ただろう。しかし、そなたは尋ねようとしなかった。どこが痛いのか、どこが悪いのか。そなたは救ってあげるべき人に、哀れみさえ感じなかった。そなたは無情な客人でした。地獄へ行って、舌を抜かれるがよい。そなたは救われがたい呪いの小人だ。鼠の糞、マムシの毒牙だ。
 そんなあなたにも、主アンフォルタスは剣をお与えになりました。しかし、それでもそなたは、その催促に気づかなかった。馬鹿者です。まぬけです。
そなたは聖杯の不思議を見たでしょう。槍の儀式を見たでしょう。それなのにそなたの怠けた心は、問いかけませんでした。そなたがもし尋ねていたら、私が仕える主アンフォルタスは治癒したのです。病気はすっかり治るはずだったのです。そなたにも、そなたが夢に思う以上に高貴な報酬が与えられたはずでした。しかし、そなたは黙ったままだった。その沈黙で、そなたは最も忌まわしい罪を背負いました。何もわからないお馬鹿さんは呪われたのです。そして、私たちを悲しみのどん底に突き落としたのです。聖杯に仕える者は皆、悲しみ続けなければならないのです。」
 パルシファルが言葉を発する間もなく、クンドリーエは去っていった。

 クンネヴァーレが真っ先に泣きだした。自分に多大な好意を寄せてくれているパルシファルが、辛辣な言葉で、これ以上ないほどに、ひどく罵倒されたからだ。まわりの婦人たちも泣きはじめた。泣き声が静寂を破って、あたりに響いた。女性たちのおえつの声が、パルシファルに寄せる感情のうねりとなって、心に届いた。まわりにいる騎士たちも戸惑い、パルシファルに同情した。それで、パルシファルは少しばかり慰められた。しかしこの時、パルシファルは重大な決心をした。
「自分が呪われている限り、この高貴な仲間とともにいることはできない。 呪いがかけられている限り、愛する妻のもとへ戻ることもできない。 そしてムンサルヴェーシュの聖杯城と聖杯を探さなければならない。 病んだ王を見つけて問いかけるために。」
 
 その時、豪華な甲冑をつけた騎士キングリムルゼルが、馬に乗ってやってきた。キングリムルゼルはアスカルーンの城伯で、その剛勇と堅実さは世に知られていた。キングリムルゼルは兜をかぶり、いつでも剣が抜ける位置に手をおき、敵意を丸出しにしていた。
 「ここにいる皆さまに、心からのご挨拶を申しあげたい。しかし、一人の騎士に対しては、それはできない。その騎士には、ご挨拶を申しあげるかわりに、敵意と挑戦状をさし向けるためにここに来たのだ。その騎士とは、ガヴァーン殿だ。ガヴァーン殿は、ある時、私の主君であるキングリジーンを打ち殺したからだ。主君の突然の死によって、私をはじめ、多くの者が悲しみに沈んでいる。ガヴァーン殿にはこの不名誉の償いをしていただきたい。もし、ガヴァーン殿がこの事実を否定されるなら、一騎討ちでその正しさを証明していただきたい。試合の日は、今日から数えて四十日目。アスカルーンの国王のご前で行いたい。一騎討ちの準備をして参られるよう、ここで申し入れをいたす。」
 アーサー王が言った。
 「キングリムルゼル殿。あの男は私の甥だ。もし、その身に万が一のことがあれば、私がかたき討ちに出向くことになる。しかも、甥の無実がわかれば、貴殿の名誉は失墜する。それでも、本当に挑戦状をさし出すのか。」
 「もちろんだ。よく考えてのことだ。」
 すると、ガヴァーンの弟、ベーアークルスが勢いよく立ちあがって言った。  「貴殿、兄にかわって、わたしが一騎討ちに参ろう。兄は誠実な人だ。兄がそんなことをするわけがない。だから、わたしが行く。」
  ガヴァーンが言った。
 「弟に代わりをさせるほど、私は卑怯者ではない。だが、私にはそなたの言っていることが、わからないのだ。身に覚えがないのだ。それに意味のない戦いをむやみに行うことは、好きではない。戦わずに済むのなら、戦わずに、別の解決策を考えたい。」
 キングリムルゼルが答えた。
 「私は、弟君をまったく知らないし、敵意も抱いていない。だから、弟君と戦うことはあり得ない話だ。私は、今は亡き主君のために申し入れをしているのだ。何の関係もない者と戦うわけにはいかない。ガヴァーン殿が名誉を大切にするなら、腰ぬけと思われたくないなら、私との戦いはさけられないのだ。ガヴァーン殿には、決闘に来るまでの間の旅の安全を保証しよう。一騎討ちまでの間、アスカルーンの国周辺での、あなたの身の安全を保証する。それでは失敬。」
 キングリムルゼルは立ち去った。
 
 アーサー王の円卓が突然の悲劇に見舞われた。パルシファルが、ガヴァーンが、それぞれに痛ましい思いをした。しかし、その中でも、クラーミデーは自分が最も悲しく、最もつらい思いをしているものと思い、胸の内をうったえた。
 「私は哀れな男です。ペルラペイレの城外で、パルシファル殿、あなたに敗北を喫したことにより、私の愛が失われてしまいました。あなたは女王と結ばれました。私は愛を失ったのです。この苦しみから私を解放してくださいませ。ここにクンネヴァーレ様がいらっしゃいます。クンネヴァーレ様はあなたに心服しています。私はクンネヴァーレ様の愛をいただきとうございます。私はペルラペイレの女王の愛を得られなかったのですから、せめて、クンネヴァーレ様の愛で、私に喜びを与えてください。クンネヴァーレ様を私の妻にください。そうすれば、私は元気を取りもどすことができます。どうかお力添えを。」
 パルシファルはクラーミデーの熱意に、真実の愛を感じ、その申し出を承諾した。
 「お前に苦しみを与えたと言われる女性は、私の妻コンドヴィーラームールスだ。お前もさぞ苦しかろう。クンネヴァーレ様が良いと言えば、そうしてつかわそう。」
 婦人と騎士はパルシファルのまわりに集まり、クンネヴァーレの意向を聞いた。
クンネヴァーレは結婚を承諾したので、クラーミデーの妻となることになった。
クラーミデーは喜び、彼女を抱きしめ、王冠を戴かせた。
 
 一人の婦人がパルシファルをはげまし、勇気づけようとして言った。
 「パルシファル殿、あなたには最高の賜物が授けられています。美しく勇敢で立派で、そのどれもが最高の輝きを放っています。誰もがあなたを称賛しています。」
 パルシファルは答えた。
 「ご親切をありがとう。しかし、私は大きな苦しみをかかえている。それは人から理解してもらえるものではないようだ。私自身にもよくわからない。聖杯城の主に問いかけなかった。ただそれだけのことらしいのだが、魔女クンドリーエからも、ジグーネからも非難を受ける。それほどに大事なことだったらしい。私は高貴な方、グルネマンツの教えにしたがって、厚かましい問いをひかえ、無礼にならないように気をつけただけなのだ。」
 パルシファルはまわりの人々に振り向いて言った。
 「ここにいらっしゃる多くの騎士殿の友情を、私は失ってしまった。皆さんの友情を取りもどす方法があったら教えてほしい。私にできることは、聖杯を探しだし、再び聖杯を目にすることです。そして伯父アンフォルタス王に会うことです。それまでは私を円卓の騎士から、はずしてください。」
 アーサー王と騎士たちはパルシファルに留まるよう言った。しかし、パルシファルは言うことを聞かなかった。自分にかけられた呪いを解かないかぎり、自分の犯した怠慢を償わないかぎり、宮廷の名誉に傷を残すことになることを、彼は知っていた。

クンネヴァーレはパルシファルに甲冑をつけてあげた。
「あなたのお許しのもとに、クラーミデーは私を妃にしたのです。こうして私があなたのお世話をすることは、当然のことでございます。あなたが苦しんでいらっしゃると、私の胸も苦しくなります。一日も早くあなたの苦しみがなくなりますよう、心から祈っています。わたくしクンネヴァーレの心はあなたとともにおります。」
クンネヴァーレの心はパルシファルへの愛と感謝で満ちていた。パルシファルがクンネヴァーレに送りとどけた再三のメッセージは、好意と親愛と償いの表現となって、クンネヴァーレの全存在を感動で震わせていた。クンネヴァーレはパルシファルから大きな幸せを受けとったのだ。クンネヴァーレは、これほどの熱い喜びを味わったことはなかったし、またおそらくこれからもないであろう。パルシファルは出発の際に、クンネヴァーレの唇にキスをした。それは苦い屈辱を甘い栄光の蜜にした瞬間だった。

 ガヴァーンはアスカルーンでの一騎討ちの準備を終え、あとは出発を待つだけだった。パルシファルの行く手をさえぎる苦難をおもんばかって、激励の言葉をかけた。
 「パルシファル殿。そなたの行く手には多くの戦いが待ちうけているであろう。戦いは避けることができないだろう。その戦いを前にして、神がそなたに幸運を与えられるように祈っている。神の祝福がありますように。」
 パルシファルは神という言葉を聞いて、嫌気がさした。
「私はもはや神を信じてはいない。神の恩恵があると思って神を信じてきたが、私たち二人に、こんな屈辱を与える神とは一体何なのか。私はもう神を信じない。神のために祈ることはない。
神を信じるなら、女性の愛を信じ、女性の愛を心の支えとする方が良かろう。
友よ。そなたも私と同じ考えを持たれたら良いのではないかと思う。
そなたの健闘を祈る。」

 パルシファルは、永遠に続くかもしれない探究の旅に出た。目的は聖杯を探しだすことだが、聖杯は、自ら探しだそうとする者には、決して見つけることのできないものだ。聖杯から呼ばれない限り見つからないものである。そのような不可思議な聖杯の性質上、これは目的地のわからない、行くあてのない流浪の旅となる。見つかるかどうかわからないものを探さなければならないという不安と無力感が襲い、パルシファルの心は冬の灰色の空のように暗澹としていた。








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